趣味はお菓子作りと覗きです!
ふと思って書きました
お菓子の名前がたくさん出てきますが、作り方は書いていません(苦笑)
★注意事項★
文中に猫さんにお菓子をあげるシーンがありますが
想像上の世界だからできるのであって
現実では絶対にあげないでください
現実の世界では猫さん専用のおやつをあげましょう
「おおう! そういうことか」
ツタが絡まってできたアーチ状の門、季節関係なしにずっと咲き続ける白いバラ……。
ヴィクトリア学院の門を見た瞬間、体中にビビビッと電気が走って理解した。
ここって前世でやってた乙女ゲーム『スイーツ~恋する乙女~』の世界だ!
コンフィ王国の魔力保有者が十五歳になると必ず通うことになるヴィクトリア学院に、田舎育ちの男爵令嬢であるヒロインが入学してくる。
ヒロインは攻略対象である男性と愛を育みながら、卒業までの間に多種多様なスイーツを作って過ごすのだ。
このゲームの最大の特徴は、スイーツに対する意識が高いこと!
ゲーム中に出てくるスイーツはすべて実際に作れるもので、レシピ集が売り出されていた。
お菓子作りが大好きな私は、レシピ集を買ってゲーム中に出てくるスイーツをストーリーの進行に合わせて作る……なんてことしてたんだよね。
懐かしい気分で『白バラの門』を眺めていたら、目の前で誰かが転んだ。
「きゃっ!」
ゲームをスタートさせるとまず最初に起こるのが、ヒロインが『白バラの門』の前で転ぶこと。
それに気がついた攻略対象その一である王子が助けるんだよね。
王子がなんで門前にいるの? 徒歩通学なの? とか思ったっけ。
「大丈夫かい?」
そうだ……王子はそのセリフを言いながら、ヒロインにそっと手を差し出して、助け起こすんだ。
ピンクブロンドのふわふわウェーブの髪に神秘的なアメジスト色の瞳をした女の子が、金を溶かしたような髪色にエメラルド色の瞳をした超絶イケメンに助けられている様子を見て思った。
これって、スタートしてすぐに見ることになるスチルと一緒じゃない!
私は感動のあまり、その場で手を合わせて拝んでしまった。
ああ、いいものが見れた……。
たしかこのあと、王子の婚約者である公爵家の令嬢が出てきて、ヒロインに説教するんだっけ。
「まあ! このような場所で転ばれるなんて……殿下の身に何かあったらどうなさいますの? 気をつけてくださいまし」
そうそう! こんな感じで若干、的外れなお説教をするんだよね。
扇子で口元を隠してるガーネットのように赤い髪と瞳を持った女の子がヒロインのライバルキャラその一である公爵家の令嬢。
すごい!
ヒロインと第一攻略対象の王子、王子の婚約者って主役の人たちを見られるなんて!
私ってついてる!
手を合わせて拝んでいたら、ぽんっと肩を叩かれた。
「アーシュラちゃん、いつまでそこにいるの?」
声を掛けてきたのは、いつもぼーっとしてる私の面倒を見てくれるとてもできた幼馴染のスージー・ハドリー。
薄茶色の髪と黒い瞳をしたミニチュアダックスみたいな雰囲気の女の子。
「あ、スージー! おはよう。貴族の人たちってきれいだなって思って~」
「はい、おはよ。きれいなのはわかるけど、このままここにいたら遅刻するよ」
「そうだね。そろそろ行こうか~」
私の名前はアーシュラ・ガンター。こげ茶色の髪と瞳に十人並みの容姿をした大きい商会の娘で、人より魔力が多いだけの……乙女ゲームのキャラクターとは無縁の存在。
脇役でもモブでもない、背景のイラストにも出てこないような存在だけど、正直……平民に生まれてよかった!
だって、主要人物ってほぼ全員、貴族なんだもん。
貴族なんて、家に縛られて好きでもない男と政略結婚して子を残していくとか、難しい政治や経済を勉強して国のために働くとか、本音を隠して愛想を振りまいて騙し合いしていくとか……不自由すぎるでしょ!
私は貴族よりも自由な平民の身で、『ゲームが忠実に実写化されていく様子』を特等席から観察するんだ!
あとは大好きなお菓子作りをしつつ、相性の良い男性と結婚出来ればいいかな。
「アーシュラちゃん、置いていってもいい?」
「ごめん~! すぐ行く~」
私はスージーを追いかけるように、ヴィクトリア学院の門をくぐった。
***
ヴィクトリア学院は、魔力保有者が十五歳になると必ず通う学校で、魔力の量によってクラス分けされる。
平民だけど人より魔力が多い私は、一番上のクラス……Sクラスになった。
Sクラスには、ヒロイン、攻略対象者、その婚約者たちと……『スイーツ~恋する乙女~』に出てくる主要人物がそろっていて、心の底から喜んだ。
同じクラスなら、スチルの現場に居合わせても違和感ないはず!
ちなみに、スージーは一番魔力の少ないCクラスにいるよ。
さてさて、次の出会いイベントは教室。
「キミ……」
「え? なぁに?」
ヒロインの隣の席に座ることになる攻略対象その二こと魔法学者の令息は、人並み外れた魔力を持っていて、普通の人では見えないと言われている属性が見えちゃうんだよね。
この魔法学者の令息って、人と関わるのが苦手とかで目元を隠すように銀色の髪を伸ばしてるんだよ。
でもその髪の奥には、透き通るようなきれいなアクアマリン色の瞳を持っていて……もちろん、顔は超絶イケメン。
普段の様子からはわからないんだけど、パーティー会場とかできちんとした装いをするとヤバイ。
ギャップ萌えってやつだと思う。
ヒロインは光属性で、癒しの力を持っているんだけど、今の時点ではそれに気づいていないの。
そんな稀有な光属性を持つヒロインの手をいきなり取って、研究するかのようにじっと見つめだす……っていうのが魔法学者の令息との出会いのシーン。
普通、そんなことされたら不快感をあらわにすると思うんだけど、そこはヒロインなだけあって、にっこりといい笑顔を向けるんだよね。
「どうかしました?」
うんうん、ゲームどおりだ。ヒロインってば、めっちゃいい笑顔で返事してる。
それに魔法学者の令息が驚いた顔で反応して……。
「いえ、……光り輝くようなすてきな……手、ですね」
「ふふっ、ありがとうございます」
そう、光属性持ちなんだってことをほのめかすんだけど、ヒロインには伝わらないんだよね。
この笑顔を向けられたことで、魔法学者の令息は光属性ってだけでなくヒロイン自身に興味を持ち始めるんだ。
二枚目のスチルも無事見ることができた。ヒロインと魔法学者の令息に感謝だね!
たしか、ゲームでは次のスチルは数日後だったはず。
そう思った私は、入学式と教室でのオリエンテーションが終わるとすぐに家に帰った。
***
家に帰るとお父さんがいつものようにニコニコしながら出迎えてくれた。
「おかえり、アーシュラ」
「ただいま!」
「いい出会いがあったかい?」
「同じクラスに第一王子がいたよ~」
「おお! つまりSクラスになったんだな」
「うん」
私のお父さんはかなり大きな商会の会長をやっていて、王侯貴族とも顔を合わせたりするすごい人なんだけど、どうやら子どもたちには甘いんだよね。
普通は商売のために貴族に顔を売ったり、そういうところへ嫁げっていうみたいだけど、お父さんはそんなこと言わない。
一番上のお兄ちゃんは幼馴染と恋愛結婚したし、お姉ちゃんは隣町の商会の息子と結婚したし(ライバル関係に当たる商会なんだよ)、二番目のお兄ちゃんは世界を回るって旅に出ちゃったし、末っ子の私はお菓子ばかり作ってるし。
「お父さん、今日もキッチン使っていい?」
「おおいいぞ。材料はいくらでもある。足りないものがあれば言いなさい」
「ありがとう! できあがったら一番にお父さんにあげるね」
「おお、楽しみにしてるよ」
前世を思い出す前もこうやって毎日のようにお菓子を作っていたから、違和感がないんだよね。
私はいつものようにキッチンに向かった。
キッチンにはお母さんが立っていた。
「お母さん、ただいま」
「アーシュラちゃん、おかえり! ちょうどよかったわ。これ味見してくれる?」
お母さんが渡してきたのは、白い粉がまぶされた二センチくらいの丸い物体。
私は躊躇せずにパクッと食べた。
サクッとした食感とアーモンドとバターの香りが鼻を抜けていく。
私が以前作ったときよりも甘さ控えめになっているようだ。
「おいひい」
もぐもぐと咀嚼しながらそういうとお母さんは困ったように笑った。
「この間、アーシュラちゃんが教えてくれたレシピを甘さ控えめにして作ったの。味には自信があるのよ! でも、お店に出すときの名前が決まらなくて……」
前世を思い出す前の私は思うままにお菓子を創作して、美味しかったものをレシピとして残していた。
今ならわかる。これは前世で作って美味しかったお菓子を無意識に作っていたんだって。
だから、お母さんがレシピを見て作ったというこのお菓子にも名前がある。
「スノーボールだよ」
「あら! もう名前が決まっていたのね!」
「うん。レシピに書き忘れてたみたい」
テヘヘと頭をかきながらそう言うと、お母さんは嬉しそうに笑った。
「量産して、お店に出してもらわなくちゃ!」
お母さんは渡してあったレシピの上のほうに『スノーボール』と書き込むとお父さんがいる店のほうへと歩いていった。
きっと商品化について話し合うのだろう。
お母さんがいなくなったキッチンで袖をまくり、かけてあったエプロンをつける。
それから手をよく洗って……。
キッチンにはお母さんが作っていたスノーボールの材料が置いてあった。
商品にするなら色違いもあったらいいんじゃない?
私は棚からココアパウダーを取り出して、ココア味のスノーボールを作り始めた。
***
ココア味のスノーボールをお父さんとお母さんににお裾分けしたあと、自分の部屋へと運んだ。
私の部屋は一階の一番奥にあって、庭に面した窓からは生垣と桜の木が見えるんだ。
ちょうど桜が満開の時期だから、お花見しながら食べようと思って、庭にあるベンチに向かった。
桜がひらひらと舞い散る中、ココア味のスノーボールを口に入れる。
サクサクとしてて、ほんのりココアの味がする。
やっぱり、手作りのお菓子は最高に美味しい!
もう一個口に入れようとしたら、にゃあんという鳴き声が聞こえた。
「あれ? 猫?」
このあたりで猫はあまり見かけないから、もしかしたらどこかの家の飼い猫が逃げたのかもしれない。
きょろきょろと見回していたら、桜の木の陰から金色の瞳をした真っ黒い猫が現れた。
黒猫はとてとてと私のすぐそばまで来ると、ひょいっとベンチに乗った。
そして、すいっと片足を差し出してきた。
差し出したっていうより、私が手に持っているココア味のスノーボールを指したような気がする。
「これはココア味のスノーボールだよ。サクサクして美味しいんだよ。食べる?」
って、猫相手に何を言ってるんだろう。
と思ったんだけどね……黒猫はにゃあんと鳴いた後に、私が手にしていたココア味のスノーボールをかじった。
猫ってこういうの食べても大丈夫なのかな?
体調がおかしくなったりしないかな? と思いつつ、じっと黒猫を見つめていたんだけど、なんともないようだ。
黒猫は一粒、食べ終わると私の手に頭をすりよせてきた。
うう、めっちゃかわいい……!
「もっと食べる?」
もう一個というかお皿ごと黒猫に見せたら、すごい勢いで食べ始めた。
お腹空いていたのかな?
気がついたらお皿の中身は空っぽだった。
「えええ! 全部食べちゃったの!? 私、まだ一個しか食べてないのに……」
私が項垂れていると黒猫はにゃあんと鳴いて、桜の木の陰に消えていった。
***
翌日、ヴィクトリア学院へ行くと門の向こうでヒロインと騎士団長の令息が朝の挨拶を交わしている現場を目撃した。
え? なんで、もう知り合いになってるの!?
ヒロインと騎士団長の令息との出会いはもう少し先のはずなのに!
どうやら三枚目のスチルは見逃してしまったようだ。
ああ、騎士団長の令息は攻略対象その三なんだよね。
学院の裏庭で素振りをしている騎士団長の令息にヒロインが声を掛けるとこから始まるやつ。
大変ですねって声を掛けると、そんなことはないって突っぱねるっていうシーンだったんだけど……。
まさか、入学式のその日のうちに出会いイベント発生してるなんて思わないよ~。
あまりのショックに立ち尽くしていると、肩を叩かれた。
「この感じはスージー!」
振り向きながらそういうと、口をぽかんと開けたスージーが立っていた。
「アーシュラちゃん、おはよう。ねえ、そろそろ幼馴染辞めてもいい?」
「辞めちゃダメだから! 驚かせてごめんだから!!」
スージーが幼馴染を辞めたら、誰がぼーっとしている私の面倒を見てくれるの!?
私はぺこぺことその場で頭を下げて謝った。
「わかればいいよ。それで何を見てたの?」
「きれいな貴族様たちを……」
「ああ、あのピンク頭と堅物野郎?」
え? スージーの口から驚くような言葉が出てきたような気がする。
今度は私が口をぽかんと開ける番のようだ。
「ああ、アーシュラちゃんは知らないのか。そのうちわかるから気にしないでいいよ。ほら、突っ立ってないで行くよ」
スージーが言った単語が気になって仕方がないんですけど!?
聞き返す前にスージーはさっさと学院の門をくぐっていってしまった。
このままここで立ち尽くしても仕方がないので追いかけるけど……ピンク頭と堅物野郎って何のことだろう?
その答えはお昼休みになるころには、わかった。
どうやら、昨日、私がさっさと帰ったあとにヒロインが騎士団長の令息に声を掛けたらしい。
場所は裏庭じゃなくて、中庭……。
ゲームのストーリーと全く違う場所で声を掛けるなんて、どういうこと!?
その中庭でヒロインは騎士団長の令息の悩みを言い当て、それを解消する方法としてヒロインに騎士として仕えることを提案したらしい。
そして、堅物野郎こと騎士団長の令息はそれを了承した。
っていうのがクラスメイトの令嬢たちが話してた内容。
こっそり聞き耳立ててたら聞こえてきたんだよ。
中庭ってさ、建物に囲まれた場所なわけで……見てたり聞いてたりした人がたくさんいたみたい。
いやいや、そんなことはどうだっていいんだよ。
騎士団長の令息がヒロインに仕えるって……攻略済みってことになるんだよ!
入学二日目で、攻略対象その三を攻略ってゲームと全く違う!
これじゃ原作と違う実写映画を見てるみたいで、イライラする~!
それから半月の間にヒロインと他の攻略対象の出会いのスチルをしっかり見れたので、イライラしたことをすっかり忘れて満足した。
ちなみにどんなスチルだったかというと、攻略対象その四である大臣の令息(王子の幼馴染)とは王子の紹介で知り合うんだけど、王子そっちのけで仲良く会話をしちゃうっていうスチル。
攻略対象その五であるヴィクトリア学院の若手教師(伯爵家の令息)とは放課後に授業についての質問をするっていうスチル。
どっちもヒロインの笑顔がかわいかったよ。
***
ヴィクトリア学院の授業に慣れると、私は毎日お菓子作りに精を出した。
カスタードクリームたっぷりのシュークリーム、季節のフルーツを使ったジャムとそれに添えるスコーン、冷やして固めるだけの簡単なクッキー、フルーツたっぷりのカラメルプリン……毎日いろいろなお菓子を作った。
そしてそのお菓子を狙って、あの黒猫が毎日、私の部屋へ来るようになった。
はじめのうちは遠慮がちに食べていたのに、今では頭を摺り寄せてきて、お菓子を要求してくる。
なんて、なんて……かわいらしいんだああ!
というわけで、私はせっせと黒猫にお菓子をあげる毎日。
ゲームのストーリーやスチルを観察する以外にも幸せを見つけて、毎日が充実していた。
そんなある日のこと……。
今日はビスコッティを焼くことにした。
オーブンで二度焼くことによって、水分を飛ばし日持ちするようになるというお菓子。
スージーの誕生日が近いのでプレゼントにしようと思ったのだ。
たくさん作って、お父さんとお母さん、お兄ちゃん夫妻にもお裾分けして、いつものように自分の部屋へ。
今日はあいにく雨だったので、部屋で食べようとお皿に手を伸ばしたら、にゃあんという声が聞こえた。
窓を開けるといつもの黒猫がするりと部屋に入ってきた。
外は雨なのに濡れていないところを見ると、軒先で待っていたのかもしれない。
私のそばまでくると、ぴょんっとベッドの上に乗った。
手を伸ばせば、頭を摺り寄せてくる。
うおお! めっちゃかわいいようう!
私は黒猫の動きにメロメロになりつつ、専用のお皿にビスコッティを二つだけ載せた。
「今日は幼馴染のスージーの誕生日プレゼント用に作ったお菓子だから、少しだけだよ」
そう言うと、不服だったのか尻尾をぺったんぺったんと床に打ち付け始めた。
「私の分を一つあげるから、許して?」
私の分として取ってあった二つのうちの一つを黒猫専用のお皿に載せると、尻尾の動きが止まった。
あれ? この黒猫、言葉を完全に理解してるような気がするんだけど?
不思議に思って首を傾げていたら、黒猫も同じように首を傾げた。
今度は逆方向に首を傾げたら、黒猫も同じように逆方向へと首を傾げた。
言葉がわかるなら、質問をすれば答えるかもしれない。
ここはゲームの世界だし、ありえるかも。
「ねえ、名前を教えてよ?」
私は真剣な表情で黒猫に質問をぶつけた。
すると黒猫は私の顔を真っ直ぐに見つめて……しばらく考えてから言った。
「クロス」
「おおお! やっぱり、ゲームの世界! 猫もしゃべれたりするんだ!」
私は驚くよりも先に喜んだ。
だってこれなら、今まで黒猫……クロスが食べたお菓子の感想が聞けるじゃない!
「ゲーム……? おまえは気味悪がったりしないのか?」
「おまえじゃなくて、アーシュラだよ。気味悪くも怖くもないよ。それよりもさ、今まで食べたお菓子の感想を聞かせてよ!」
私が興奮気味にそう言うと、クロスは文字通り目を丸くしていた。
「おまえ……」
「おまえじゃなくて、アーシュラ」
「アーシュが作ったものはどれも美味かった。だけどカラメルソースってやつはもう少し甘いほうがいいな」
「次はもう少し甘めに作るね。あ、そうだ」
私の声に反応して、クロスは首を傾けた。
「今日は雨だからさ、ビスコッティを食べ終わったあとも帰らずに部屋にいてくれない?」
「……アーシュがいいというなら」
「いいよ! 今夜だけじゃなく、ずっといてもいいよ! その代わり、お菓子の感想聞かせて?」
「そんなものでいいのか」
「私にとってはそんなものじゃないんだよ」
家族以外に率直な意見をくれる人、欲しかったんだよね!
クロスは人ではないけど、しっかり意見を言ってくれるから、すごく頼もしい。
それからというもの、クロスはずっと私の部屋に居座ることになった。
***
雨の時期がすぎて、夏が来た。
そのころには、ヒロインは攻略対象全員を好感度最大状態にしていた。
ゲームのストーリーどおりであれば、三年かけてゆっくりと攻略していくはずなのに、それを三カ月という短期間で進めるとかどう考えてもおかしい。
王子は、原作だと卒業前のパーティで婚約破棄を宣言するはずなのに、この間の食堂で宣言しちゃって……。
婚約者の公爵家の令嬢が鼻で笑って、何もなかったことになったからいいけど……。
大臣の令息は、王子のいない隙を狙って、ヒロインにプレゼント贈りまくってるし……。
騎士団長の令息はいつもぴったりとヒロインに付き従ってるというか、ストーカーみたいになってるし……。
魔法学者の令息は、すぐにヒロインの手を握りたがって、ヤバイ雰囲気かもしてるし……。
若手の教師は、マンツーマンのレッスンをしすぎだって噂になってるし……。
もう原作とはかけ離れていて、全く違うストーリーになってる。
これじゃ、スチルと同じシーンが見られない!
それとおかしいと思う点がもう一つ。
ヒロインをずっと観察していたから気づいたんだけど、どうも彼女は攻略対象の誰一人として好きではないみたいだ。
今っていわゆる『逆ハーレム』状態なんだよね。
最初からそれが望みであれば、喜んだ表情になると思うんだけどね。
ヒロインって攻略対象全員が好感度最大状態になってから、ずっと暗い顔をしているんだよね。
さらに言えば、王子には公爵家の令嬢と婚約破棄しないように言ったり、大臣の令息にプレゼントはいらないと拒否したり、騎士団長の令息に騎士として付き従う以外は自由に行動してと言ったり、魔法学者の令息が手を触れようとすると避けたり、若手の教師からの呼び出しは聞かなかったことにしているみたいだ。
一体ヒロインは何がしたいんだろう?
***
相も変わらず、学院での授業が終わると自宅でのお菓子作りに励んだ。
クロスから聞いたお菓子の感想をもとに、甘さを足したり控えたりして、レシピ集を作った。
それは前世で買ったゲームのレシピ集とほぼ同じ内容のものだったけど、すぐにお父さんの商会で商品化されて爆発的に売れた。
「クロスのおかげだよ!」
お礼を兼ねて、ふわふわのパンケーキに生クリームをたっぷりかけて差し出した。
クロスは目を真ん丸にして驚いていた。
「これはお礼! それと、今日からは家族ってことでこれも……」
クロスがばくばくとパンケーキを食べている間に、首に銀色のリボンをつけた。
「なっ!!」
クロスはパンケーキを目にした時よりももっと驚いていた。
「え? リボンつけちゃまずかった?」
「……まずくはないが……その……」
クロスは気まずそうな感じだったけど、ぺろりとパンケーキを食べた。
「はい、感想教えて!」
「ああ、生クリームはもう少しかたくてもいいかもしれない。ふわふわとしたパンケーキにやわらいかクリームだと……」
いつものように感想を言ってくれるあたり、クロスはホント頼りになる。
その日の夜から、なぜかクロスは私のベッドにもぐりこんで一緒に眠るようになった。
***
学期の終わり……終業式の日にそれは起こった。
王子が婚約破棄宣言をもう一度行ったのだ。
前回と違うのは、公爵家の令嬢がやったという罪を並べ上げて、断罪したこと。
ヒロインの悪口を言ったことから始まり、他の令嬢たちに指示を出してヒロインを孤立させたとかそんなこと。
ずっと観察していたから、嘘だというのがわかる。
公爵家の令嬢は、ヒロインと仲が良かったりする。
こっそりお揃いのアクセサリーを身に着けてたりするんだけど、王子は知らないんだろう。
公爵家の令嬢は二度目だったからか、婚約破棄を受け入れた。
でも、罪に関しては身に覚えがないため、第三者に委ねて確認を取ると宣言していた。
王子……ピンチだってことわかっていないみたいで、公爵家の令嬢が婚約破棄を受け入れた直後に、ヒロインに向かって愛を語り始めたよ。
これで受け入れれば、ヒロインは王子と結ばれるんだけど……。
王子が愛を語りだした途端、他の攻略者たちが我も我もとヒロインに愛を語り始めたんだよね!
まさかここで、全員分の愛語りスチルが見れるとは思ってなかった!
感動で手を合わせて拝んでいたんだけど、なんかヒロインの様子がおかしいんだよね。
ずっときょろきょろと誰かを探している感じ。
王子は我慢できなくなったのか急にヒロインに迫り始めちゃったよ。
「キミはいったい誰を選ぶんだい?」
あ! この王子のセリフの時点で、ゲームだと全員お友達状態のエンディングを迎える。
みんなと仲良くしていたいっていうヒロインのセリフで幕が閉じるはずなんだけど……。
ヒロインは何も言わずにずっときょろきょろしていた。
誰もが固唾を飲んで見守っていると、見慣れた黒猫が現れた。
って、なんでクロスがこんなところに来るの?
ぼふんっとでもいいそうな白い煙が発生したあと、クロスがいた場所に黒髪黒目、服も真っ黒の高身長な超絶イケメンが現れた。
「クロス様!」
ヒロインが嬉しそうな声で謎の黒いイケメンを呼んだんだけど、ねえ、今、『クロス』って呼んだ?
「私はクロス様だけを愛しております!」
ぽかんと口を開けて見つめていたら、その黒いイケメンがとことこと私の目の前までやってきた。
「え? クロス様! あたしはこっちです! そっちじゃないです!」
ヒロインは黒いイケメンに向かって走り出そうとしてたんだけど、王子たちがきっちり囲って動けないようにしてる。
それでも、ギリギリ伸ばした手が黒いイケメンの袖を掴んだ。
「おまえだれだ?」
あ……この声……黒猫のクロスと同じだ。
黒猫のクロスとこの謎の黒いイケメンのクロスは同一人物……。
オーケー理解したよ……。
クロスは掴まれた袖を振り払って、私の手を取り、黒猫のときと同じように頭を摺り寄せ……というか、顔をこすりつけた。
「アーシュはいつでもスイーツの香りがする」
「そりゃ毎日作ってるからね。クロスだって毎日食べてるから甘い香りがするよ」
されるがままにしていたら、クロスはニヤッとした笑みを私に向けて言った。
「相変わらずアーシュは驚かないんだな」
「十分驚いてるよ。何が何だかわからないって思ってるよ?」
「では、わかるようにしよう」
クロスは私の手を引き、ぎゅっと抱きしめた。
なんだかくらくらする。
クロスの体からはスイーツみたいに甘い香りがするし、香りに溺れてしまいそう。
「クロス様! どうして!」
「だから、おまえはだれだ? どうしてオレの名を知っている?」
クロスは私をぎゅうぎゅうと抱きしめながらそう言った。
「クロス様は……『スイーツ~恋する乙女~』のリメイク版の隠しキャラクター……私が前世で愛してやまなかった方……ここはゲームの世界でしょう? 私のこと知っているはずでしょう!」
あ、そういえば、別のゲーム機にリメイク版として発売してたっけ。
どうせ同じ内容だろうと思ってやらなかったんだけど、隠しキャラクターなんてものが増えていたのか!
そして、ヒロインの反応から察するに、クロスが隠しキャラクター……つまり、攻略対象その六ってわけだね。
「知らん」
クロスは全く記憶にないらしく、きっぱりと言った。
「小さいころにお会いして、あたしと約束したじゃないですか!」
「何の話だ?」
「クロス様に金色のリボンを渡して、婚姻の誓いをしたじゃないですか!」
クロスは首を捻りながら言った。
「金色のリボンを投げつけられたことはあるが、結ばれたことはない。魔族にとって、婚姻の証とは相手にリボンを結びつけるという行為そのものだ」
「待って待って! 今、魔族って言った?」
混乱のあまり、私は二人の会話を遮ってしまった。
クロスは私に会話をさせるため、抱きしめていた腕を少しだけ緩めてくれた。
「ああ言った。オレは魔王の息子だ。そして、アーシュ……おまえはオレの伴侶だ」
「ああああ……やっぱり~! 黒猫姿のクロスの首にリボン結んだもんね~……ってウソでしょおおお!?」
私が驚きの声をあげると、クロスがニヤッと笑いながら言った。
「アーシュは理解が早くていい。さあ、これから魔王城で結婚式だ。そのために迎えに来たのだ」
クロスはひょいっと私を抱き上げるとふわりとその場で浮いた。
どんどん空高くへ飛んでいく。
地上ではヒロインが叫び声をあげていて、それを王子たちが抑えるという地獄絵図みたいな状態になってる。
私の目標って、『ゲームを忠実に実写化していく様子』を特等席から観察しつつ、大好きなお菓子作りをして、ゆくゆくは相性の良い男性と結婚することだったと思うんだけど……。
いつから、主演女優になったんだろうか……。
ぼーっと考え事をしていたら、クロスが言った。
「結婚式に呼びたい者はいるか?」
「へ? 家族とかスージーとか?」
私は何も考えずにそう答えたんだけど、この後、名前を出した人全員を連れて魔王城へ行くことになった。
***
魔王城に連れてこられて、結婚をして……それから私は毎日、大好きなお菓子作りをしている。
新しいレシピを思いついたら、地上で生活している家族あてに手紙を書き、届けてもらっている。
旦那様であるクロスはとても優しいし、毎日甘い雰囲気で過ごさせてもらってるし……。
きっとこれはこれで、ハッピーエンドだよね?
読んでくださってありがとうございます
面白いと思ってくださった方は、感想や評価などよろしくお願いします
★告知★
「生まれ変わったら第二王子とか中途半端だし面倒くさい」っていう小説書いてます
しれっと書籍化もして二巻発売中です
もしお暇でしたら、そちらも読んでくださると作者のやる気につながります
よろしくお願いします!