僕がヒトの世界を捨てた日 8
穏やかな昼食だった。チャチャを入れてくる学生が居なければ、教師らからの視線を感じることのない平穏でゆったりとした時間。力という肩書だけで、口にする食肉の1つ1つが柔らかくなったかのような感覚を頬の内側でレザは体感していた。
下膳を済ませたレザが次に向かうのは図書館だった。中高一貫のシェリード学園には、校舎別の図書館とシェリードに席を置く学生共用の大図書館がある。
今日は対抗戦に向けた練習試合で一日が潰れる。一斉に指導するのには教師にも無理があるのか、教師らも生徒らも交代しながら教室間をせわしなく移動している。
待機の学生は自習ということにもなる。離席届けは午前中に既に出した。大図書館の門を潜るのは、レザは始めてた。
中央に巨大な螺旋階段があり、そこから放射状に足場が広がって本棚へと連なる。点在する円形テーブルと高い背もたれの椅子で、シェリードの学生服を着た生徒らが書物を食い入るように見つめる。
(高等部の人らは大変だな。中等部は楽で助かるんだが……)
肚の中でそう呟きながら、レザは階段を登る。こうして大図書館に来たのも、レザ自身には目的がある。頭の中で半数するのは、霞がかった記憶の断片。
『それは、召喚先が条件を出して、それを呑まされるからなんだよ』
禁術とそのタブーを知るという名目で、過去にレザが聞いた言葉だ。以前、あの旧校舎で独りで行った降霊術まがいの、あるいは召喚術まがいの法術で、この超人的な力を得たものだとしたら──
「僕は条件を聞いてもいないし、呑んでもいない」
レザが手にとったのは月間禁忌法術と呼ばれる、物好き向きの雑誌。それと、過去に禁止法術の使用者と、その者が行った犯罪の記録を綴った分厚く無骨な書物だ。
(以前召喚されたモノに、何を要求されたか)
胸の前で開けて読むのには少々重量がある。周囲を見渡してみたが、何処もかしこも高等部の制服を着た学生がレポートだとか何だとかと格闘を続けている。
席が取れない物だ、と下唇を食みながら図書館中を見渡すが椅子は軒並み埋まり切って居る上、机の上も書類で散乱している。割り込んで入るのも無理そうだ。
そうも思考を巡らせているレザの視線は硬直した。その先には、人の頭があったからだ。
メガネをかけた知的な男子生徒だ。雰囲気からして、上級生……或いは高等部の学生か。スラックスに差異は無く、ブレザーの色とエンブレムで高等部かどうかの判別がつくが、その生徒は上半身シャツ一枚を涼しげに着こなしている関係で、年齢の判別はつかない。
正面の席を、無言で人差し指で指し示す男子生徒。
「あ、相席良いですか?」
「どうぞ、かまいませんよ」
どすっと椅子に腰を落とすレザ。雑誌を机に広げて、眉を潜める。活字を読み解く習慣が無く、自然と覚悟を決めていた。
「あ、あのぉー」
「あ、はい!?」
レザが飛び上がるように反応する。このクソ狭い共用机に少々広げすぎたか、と瞬時に思考が巡り、謝罪の言葉を紡ぎ出そうと反射的に口を開くが、その眼鏡の男の表情を見て、レザは再度固まる。
怪訝な顔……ということもない。むしろ、爛々とした眼差しで興味を示しているかのような表情だ。
「貴方もそれをお読みで?」