僕がヒトの世界を捨てた日 7
シェリード校舎内の開けた広場。ドーナツ状に広がる群衆の中心には、二人の少年が正対していた。
黒髪の背の低い少年と、垢抜けた風貌の少年。レザと、以前レザにプチトマトをプレゼントした男そのもののマッチアップだ。
「今日の朝からずいぶんと、調子が良いらしいじゃないかレザ=クラノスくん」
「……」
心此処にあらず、と言うべきか、レザは自分の手を握っては開いてを繰り返している。
時は午後の実技教科。他校学生との戦闘演習を名目とした『対抗戦』を考え、シェリードの中でも、同じ形式で訓練を行うのだ。1体1のタイマンバトル。
「始めェ!」
監視の教員が吠えた。
「……ケッ! 調子にノリやがってよォォ!」
咆哮と同時に、弾け飛ぶかの如く少年がカッ飛ぶ。鋭い旋風を巻き上げながら、コンマ数秒でレザ付近にまで距離を詰めた。
轟音が周囲に響く。頬骨を砕かれた音だ──レザの対戦相手の。
「あ、あのスピードに対応しているだとッ!?」
「あのグズのレザが!?」
冷徹な視線で、自分の拳にめり込んだ肉塊を眺めるレザ。指の表皮で、まだ少年に息が有ることを確認したレザは、空を切る身のこなしでバク宙し、同時に鋭く振り払う足先で少年の頸部を捉えた。
地面をえぐりながら、少年だったものが周囲に吹き飛んだ。血を噴水の様に上げながらくたばる肉塊に、医療半が慌てて近寄る。
「2発で……」
「あの無駄の無い一撃。完全に殺しを……いや、大虐殺をしてきた輩の業だぜェ……」
驚きを通り越し、もはや人の皮を被った異物を見るような視線を、周囲の人間はレザに向ける。教師らも、此処数十年では見ない使い手かもしれん、と顎をなでながらぼやき合う。
気味でも悪いのか、力に覚えの無い女子生徒や貧弱な体格をした生徒らは、逃げるような足取りで周囲から離れる。
「これでいいだろう。僕は退かせてもらう」
レザの放った言葉は、いつもと変わらない声のトーンだ。無気力な声色。
「そ、そうだな。退くといい。次の練習試合は──」
もはや畏怖を抱きながらも、教師はレザを退かせた。レザが一帯を去るまで、その背中が消えるまで周囲は固唾をのんで硬直していた。
「……不思議だ。法術を使った実践経験なんて無いのに、まるで自分の身体を動かしてるかのように筋力や空力の操作ができた。僕が呼び起こしたのは、この純粋な力のみなのか……?」
以前の自分だったら憎んでいた人物を、ボロ雑巾を扱うが如く蹂躙したレザ。だが、その心情には高揚感も歓喜も無かった。ただ、得体の知れない力が、なぜ自分の味方をしているかのみに思考を巡らせている。
手を開いては握る動作を繰り返す。その身体が、もはや己自身のものなのかどうかにすら疑惑を覚えるレザだったが、横目に映る校舎の窓に反射するその人物の姿は、見慣れた黒髪の冴えない少年の他、誰でも無かった。