僕がヒトの世界を捨てた日 6
レザは不思議だった。今朝からも、続く自分の奥底から溢れ出るパワーそのものも。そして、普段なら爆睡してもおかしくない座学の授業にも、仮眠を行わない自分に。
「言うならば……覚醒制御か?」
小さくつぶやいて、テキストに木製筆を伸ばす。落書きをしようと思ったが、なんだかセンスのあるひねり方が思いつかず、結局は人物画にヒゲを付けておしまいにした。
「法術とは、生物の宿す事象因子を理論的に解析・転用し、意図的に超常現象を起こす技術で──」
聞き飽きた語り始めだ。最後に聞いたのは学童時代の3年目だったか、とレザは思い出す。滑舌の悪い発音で、初老の教師は言葉を紡ぐ。周囲の学生は、そんなのを聞くこともなく大あくびをもらす者もいた。
「この技術が一番発展したのは、150年前に起こったとされる、エイジ1020年の渾獣戦争だと言われる」
発見されたのは200年前付近だと、先回りして教師の言葉を予測したレザだが、発展したという切り口は珍しく思え、教卓の方向に視線をやる。
「"渾獣王シリス"と呼ばれる人ならざる者が、獰猛な"魔海種"を引き連れて人の世界を進攻し始めてな。人もその"シリス"に対抗するために、法術を発展させる他無かった」
「当時の軍事産業を用いることはしなかったのですか?」
教師の言葉に、眼鏡の男子学生が割り込むように言う。
「シリスの進攻は、真っ先に資源プラントを破壊してな。頭のキレる"魔海種"だったのだろう。不意打ちの通用する一発目で、人の持つライフラインの大半を破壊し、重い打撃を受けた所で人類は戦いに挑む形になった」
「卑怯だなぁ」
「『渾獣王』と冠する様に"彼ら"は、ありとあらゆる卑劣な手段を使い、人の世界を破壊し尽くした。西の最果ての、雑草1つも芽を出さない不毛の地は、かつてシリスの放った"豪煌波"という死の波動で、空間の持つ生命エネルギーを絶たれたからとも言われておる」
「……!!」
「それでも、勝利したのは人類だった」
腕組みをする初老の教師は、何度もうなずいてモゴモゴと口元を動かす。
「内戦や、紛争でバラけていた力達が、皆同じ"敵"を見つめながら団結したことで、人類は力を発揮し、シリスを追い詰めた。そして、英雄と呼ばれる人類の精鋭がシリスを封じ込めた」
「……」
ヒロイックな響きに、レザ自身もその教師と周囲の掛け合いに惹かれつつあった。
「書物にはあまり記されてはいないがね、それでも少数の実力者数人が、追い詰められたシリスそのものを捨て身で封印したという説は有力なんだ。今の私らの居る世界を、そこで支えてくれていたんだね」
捨て身で封印──顔も名前も知らない彼らに、レザは感謝できるほど育ってはいなかった。だが、何処か感慨深いものもあった。
こうして、平和ボケした世の中で、昨日の学食の様な下らないイジリを受ける生活も、ある意味幸福なことなのかも知れないと。