革命
友達とさぎょいぷしながら書いたワンライ小説。
お題 「俺がそばにいると、あいつが不幸になるんだよ」
求められていないことなど最初から分かっていた。だからこそ、身分を隠して近づいた。
不幸にしたいわけじゃない。だからこそ、適当な時を見計らって、姿を消す計画すら立てていた。
____一瞬でも、そばにいたかっただけなのに。
「アルフェ!」
その道にいる人すべてを振り返らせるような大声で、名前を呼ばれた。渋々と振り返った彼女に、その声の主、レタルはにかっと笑って見せる。
「どこ行ったかと思ったぜ、お姫?」
「……そのお姫、っていうのやめて。姫じゃないから」
「へいへい。姫みたいな見た目してんのになぁ」
「……してないよ」
金髪碧眼の彼女は、自分より幾分も背の高いレタルをじとっと見つめた。意にも介さず、そこらの露店で買い求めたらしい菓子をアルフェに投げ渡したレタル。甘いもの食べると落ち着くぜ、とアルフェの顔を覗き込む。深い赤に見つめられて、アルフェは居心地が悪かった。
そんで、とレタルが続けた。
「水の街まで直ぐだけど。そこまででいいんだよな?」
「いい。報酬は前払いしたでしょ」
「いや、そこに家があんのかな、と思ってさ。お姫、」
「………」
「……アルフェ、ちっこくて力ねぇんだからさ、そっから一人旅するってんなら……」
「家はないよ。……知り合いがいる」
「へぇ、じゃあ安心だな」
納得したらしいレタルが、自分の分の焼き菓子を口に放り込んだ。アルフェの手元からも柑橘系の香りが漂ってきている。この数か月、レタルには護衛として旅を共にしてもらっていたからか、もうすっかり好みを見抜かれているな、とアルフェは手元の菓子を見て、自嘲した。少しでもいいからそばにいたいと願ったのは自分であるというのに、別れを寂しく感じるのは、赦されるだろうか。
渡された焼き菓子を黙々と食べる。旅の終わりが近づいているからか、嘘をついているという罪悪感のためか、大好きなはずの焼き菓子の味はしなかった。
その日は、唐突に訪れた。
水の街手前の森をゆっくり越えていた時のことだった。森に見合わない金属音が森に響き渡り、人の怒号と大量の足音がレタルとアルフェの耳に触れる。
___一体向こうで何が起こってる。低く小さな声で呟いたレタルに、アルフェがびくりと体をすくませた。兵隊かもしれない、それとも山賊? もしものことを考えてか、アルフェをかばうようにして、レタルが身を潜める。アルフェ、と小さく囁かれ、アルフェは顔を上げた。
「……あの音の元凶がなんだかわかんねぇ以上、あんたをあそこに近づけるわけにはいかない。遠回りになっけど、音からなるべく離れて進む。足跡はないほうがいいから…抱えてもいいか」
「……わかった」
返事を聞くや否や、ひょいとアルフェを抱え上げるレタル。ざくざくと土を踏みしめる音がするほうから真逆へと駆け出したレタルは、さすが手練れの護衛、足音もつけず音も最低限で、素早く音から遠ざかった。水の街まであと少し、奴らに見つかるわけには____いかない。
レタルのためにも、必ず、彼の街に着かなければいけないのだ。金属音がどんどん遠ざかり、レタルは迷いなく森を走り抜け、木漏れ日が二人を照らして、
「お姫、」
「ごめんね、レタル」
_____見つかるわけにはいかなかったのに。あっという間にレタルの手の中から、敵兵の手中に堕ちたアルフェは笑った。だめだったのだ。あと、一歩だったのに。
「………じゃあ、やっぱりあんたは、」
「…………そばにいたら、君まで不幸になる。わかってた」
「アールフェアーネ、姫……」
ごめんね、と今一度つぶやいたアルフェはゆったりと目を閉じた。せめてレタルは逃がしてあげられたらいいのに、などと考えながら、最期の時間に浸る。ただの護衛だ、兵士も気にせず置いて行ってくれないかな、なんて考えながら。
アルフェは姫だった。光の町に城を置く小国で、アールフェアーネという名の姫だった。レタルとは、お忍びで城下に行くたびに会って話す友達で、アルフェの初恋の人だ。幼いころに街に降りたアルフェを助けてくれたレタルは、ただの平民の青年で、それでもたまにふらりと姿を表すアルフェを友達として迎えてくれていた。
一年前に、革命がおこった。
革命軍として国に牙をむいたレタルの父親は、政府の鎮圧軍に殺されて、争いも最終的に鎮圧軍の勝利で終わった。しかし革命軍側に加担していたとみなされたアールフェアーネは王宮から追放され、城下へとやってきて……
「革命の手引きをしたものとして、捕まる覚悟はしてた。……再び革命を起こすなんて、馬鹿げてるけど。レタルの父親を奪った政府軍にも、父上にも、私は賛成できなかったから。
____巻き込んでごめんね、レタル」
水の国にはその準備があった、とこぼした。
兵士は無言でアルフェの襟首をつかむと引き上げ、引きずってアルフェを引っ立てた。惜しいところで失敗してしまったな、と息をついたアルフェが、レタルの姿を目に焼き付けようとゆっくりと瞼をあげる。
その瞬間に目に入ったのは、にやりと笑うレタルだった。
「わかってたよ、そんなこと。あんたが姫だってことくらいさ。
_____逃げるぞ、お姫」
瞬間からだが軽くなり、レタルがアルフェを抱えて走り出したのが分かった。後ろを振り向くと無残に横たわる兵士の姿。数人いた兵士を一瞬で? まさか、レタルが? 疑問が浮かんでは消えるアルフェに、にかりとレタルが笑う。
「ごめんな、怖い思いさせて。奴らのこと、油断させたかったんだ」
「……どう、して」
「革命起こすんだろ? お姫」
すぐそこだよ、水の町。
驚いた顔のアルフェに、さらに追い打ちをかけるようにレタルが言った。
「革命、絶対勝とうな、アルフェ。あんたが王宮に戻るときは、護衛として隣にいさせてくれよ?」
「……うそでしょう」
「ほんと。気づいてたよ、ずっと」
「私なんかといたら、不幸になるよ。堕ちた姫なんて、革命の先駆者なんて」
「不幸になったらなったでいいよ。お姫がやることならついてくさ。だから安心しろ」
そこまで言ってからレタルは、あーやっといえた、と息をついた。多分、追手もかかっているだろうこの状況でそんな風に気を抜いた声が聴けるとは思ってもみなかったけれど、
「……レタルらしいね」
アルフェもそう笑い返した。