ばかだと言える場所
「あんたって、本当馬鹿よね、馬鹿」
エルミラが、制服を着た俺を見てそう言う。腕を組んでため息をつきながら、そっと俺を見上げてきた。
「なんでため息をついてるのさ」
「ルクルの馬鹿さ加減に呆れてるからよ」
「俺のどこが馬鹿だっていうのさ?」
「就職先が馬鹿よ、馬鹿」
こつりとハイヒールのかかとを踏み鳴らしたエルミラ。少し、怒っているようだ。べつに俺は、馬鹿な選択をしたつもりはないのだが。
「エルミラのそばにいたいだけだろ」
「………ほんっとブレないわね、あんた」
「悪いか?」
「いいえ。でもその立場にいる限り、あんたはあたしに敬語を使わなきゃいけないはずよ」
「………敬語でと言うのならば使いますけれども、エルミラお嬢様」
そう、ここはエルミラの住む屋敷だ。今日から俺は、エルミラの従者となる。俺の実家の隣のお屋敷に住んでいるお嬢様、エルミラと俺は幼馴染だった。旦那様が寛大なお方で、ただ隣に住んでいただけの平民の俺とお嬢様のエルミラが交流するのを咎めなかった。そして俺たちの関係は、いつか、
「………いえ、恋人に敬語を使われるのは違和感しかないからいいわ」
「はは、だよなぁ」
エルミラが寝巻の姿で、何度目かしれないため息をついた。今日から俺はお勤めだ。ぴしりとした制服を身にまとい、初めからエルミラ直属の従者として雇ってもらえてラッキーだった。まあ、エルミラ本人はため息ばかりついているけれど。
そんなやり取りをしていると、メイドのひとりが通りかかった。俺がエルミラと話しているのをみて、メイドのひとりがおずおずと、しかし声高に言ってくる。
「………ルクルさん、エルミラ様に敬語をお使いになられないとは何事ですか」
「いいのよハルカ、ルクルは特別だから。下がって頂戴」
「………はっ。失礼をいたしました。おやすみなさいませ、お嬢様」
俺が何を言うよりも先に、エルミラが答えてしまった。話をぶった切られてしまったため、続きを放そうと口を開く。しかし、それよりも先にエルミラがまた声を出した。
「………ほら、言われてしまうでしょう。あたしがいなかったらどうするつもりよ」
「まあ、なんとかなるさ」
「就職なんてしないで、あたしのところに来ればよかったのに」
「いや、来ただろう、こうやって」
「………違うわよ。あたしたちがお付き合いして何年目よ、とっくにお互い成人してるわ」
「知ってるよ」
だったら、とエルミラが口を開く。それは俺は想像もつかなかった言葉で、そして俺はやはり、エルミラの言う通り馬鹿な就職をしたのだと知ったのだった。
「あたしのところにきて結婚すればよかったのに、と言ってるのよ」