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第一話。


 ある剣と魔法の勇者や魔王が存在する異世界。


 それは六つの種族をそれぞれの王達が治め、さらにそれを見守る王、即ち精霊王が世界の均衡を維持している世界だった。


 この世界に存在する六つの種族とは即ち、“魔族”、“龍族”、“妖精族”、“人魚族”、“獣人族”、“人族”と呼ばれる者達だった。


 その中でも強い魔力と不老不死とはいかないが、それでも永い時を生きる事が出来るのは“魔族”と“龍族”と呼ばれる二つの種族。


 次に長い寿命と魔力を持つのは“妖精族”、“人魚族”、“獣人族”と呼ばれる者達だった。


 そして、残る一つの種族である“人族”だけは短命であり、他の種族達が精霊王へと敬意を払う中ですでに彼等にとって精霊王という存在は伝説の中の物でしかなかった。


 精霊王を心から敬う意味をほとんどの者達が忘れ、時には他の一族を害し、争いを始める事もしばしば有る“人間”。


 全ての人間がそうである訳ではなかったが、他の一族達に比べて圧倒的に多い事は間違いではなかったのである。


 その彼等の行動こそが有る意味では、精霊王の一番の負担だったかもしれない。


 何故ならば、精霊王の役目は世界の乱れを修正し、汚れを払って均衡を保ち続けること。

 

 それゆえに、精霊王の存在は必要不可欠であり、この世界では最も尊い存在として崇められていたのである。


 精霊王は常に天空にある王城に座し、世界を見守り続けていた。


 しかし、彼とて感情のある存在である。永い時を過ごしている間に、己の側にある精霊達とは違う“家族”という存在が欲しくなってしまった。


 そんな彼は何時の頃か一つの方法を思い付く。


 己の力の一部を永い時間を掛けて一つの花の種に注ぎ続けて、光や闇など自然界の物より生まれる精霊達とは違った己の力の一部を受け継ぐ精霊を誕生させようと考えたのだ。



※※※※※※※※※※



 温かなまるでお日様の日差しを浴びて、ぽかぽかと心も体も温まるかのように、“彼女”は幸せな安心感に包まれていた。


「……、……。」


 幸せな夢の中を漂うよっていた“彼女”を呼ぶ声が聞こえてきた。


 もう少し温かで幸せなこの場所で眠っていたいな、と言う気持ちを抱きながらも余りにも優しく、穏やかな声で“彼女”を呼び続ける声の持ち主のためにうっすらと目を開けて、“彼女”は自身をこの上なく愛おしそうに呼ぶその存在へと意識を向けた。


 そうすれば、今まで“彼女”を守っていた薄紅色の壁が、まるで花が咲き綻ぶように開いていき、“彼女”の世界は色で溢れた。


「やっと、会えましたね。 お待ちしていましたよ、私の可愛い娘、“ベルセポネ”。」


 その中でも、一番美しいと感じずにはいられない人物が、深い愛情を称えた微笑みを“彼女”に向けていた。


「……ベルセポネ……?」

「そう、貴女の名前ですよ。 私の可愛い娘。」


 キョトンとしてしまう二歳児程度の身体のベルセポネを咲き誇った花の中より抱き上げながら、美しい青年は言葉を続ける。


「私の事は、お父様と呼んで下さいね。」


 生まれたばかりのベルセポネを抱きしめながら、青年は心より嬉しそうに言葉を紡いだ。


 清廉なる美貌の持ち主である精霊王が長年一輪の花の種に力を注ぎ込み、花は蕾となり、咲き誇り、一人の乙女が生まれた。


 彼の乙女の名前は“ベルセポネ”、異世界より流れ着いた“篠宮 鈴音”だった白く輝く魂が宿った乙女であった。



※※※※※※※※※※



 何処までも澄み渡る蒼く美しい大空、巡る四季にそれぞれの季節にあった花々が咲き誇る楽園の様な大地に精霊王の居城はあった。


「ドリィ! 桜の花が咲いたよっ!」

「ベルセポネ様! 走って駆け寄らなくても桜は逃げませんよ。」

 

 満開に咲き誇った桜の舞い散る花びらの中を白い清楚なドレスに身を包み、花のコサージュを身につけた一人の幼女が嬉しそうに駆けていく。


 そんな彼女こそが生まれてから数十年程の年月が過ぎ去り、五歳ほどに見える容姿を持ったベルセポネだった。


 元々、精霊の成長は人間に比べてゆっくりであり、個々によって多少は異なり一部例外はあるものの、二十台程度の姿で成長が止まる者が多いのである。


「ふふ、綺麗ね……」


 一番大きな桜の木の下に立ち感嘆のため息を付くベルセポネは、この数十年間多くの事を学び続けていた。


 それは、行儀作法や淑女としての習い事だけで無く精霊王の役割に始まり、世界に関してや各種族に関することなど多岐に渡る。


 そんな穏やかで勤勉なベルセポネは、父親である精霊王だけでなく他の精霊達にも愛され、慕われていた。


「……ねえ、ドリィ? お父様には内緒にしてね。……私、いつかこのお城の外の世界を見てみたいと思ってるのよ。」


 桜の花を愛でながら、ベルセポネは己の侍女であり、姉のように思っている植物の精霊であるドリィへと微笑み秘密を打ち明けた。


「……ベルセポネ様……それは……」


 憧れるような光を宿した瞳で語るベルセポネより打ち明けられた秘密にドリィは難しい表情を浮かべる。


「分かってる。……これは私の我が儘だよ。

 このお城の外には素敵な世界が広がっているなんて夢みたいなことは言わないよ。 でもね、私にも小さいかもしれないけれど好奇心が有るんだよ。……外の世界に少しだけ行ってみたいと思っただけだもん。」


 微笑を浮かべたベルセポネの瞳には、隠し切れない好奇心と憧れが宿っているのだった。 



※※※※※※※※※※


 

 ベルセポネが、ドリィに秘密を打ち明けてから数日が経った。


 精霊であるベルセポネ達は特に食事を取る必要は無いが、父親である精霊王が嗜好品の感覚で食事をする事を好むため、朝食という形で二人で向かい合って食事をする事が習慣となっていた。


 そんな普段と変わらないはずの朝食の席に着いた精霊王は、いつもと違い悩ましげな表情を浮かべていることにベルセポネは首を傾げてしまう。


 月の光を集めて絹にしたように美しい銀色の髪、雪のように白い肌に、まるで蒼く煌めくサファイアのような瞳、薔薇色の頬に紅い唇。


 絶世の美貌を誇る精霊王の悩ましげな表情は、見ている者全てに感嘆のため息を付かせ、見とれさせてしまう物だった。


「……お父様、どうしたの?」


 そんな精霊王の清廉な美貌に周囲の給仕を行う精霊達がウットリと見とれるなか、その美貌に惑わされることなくすでに見慣れてしまったベルセポネは問いかける。


「……ベルセポネ……、貴女も生まれて数十年の月日が経ちました。 しかし、時が経つのは速いもので瞬き程の速さできっと貴女も成人する事となります。

 ……きっと、成人した貴女は沢山の精霊以外の国の者達にも注目されることになるでしょう……。」


 悲しげな表情を浮かべて、瞳を潤ませて話す精霊王の美貌に給仕の何人かの精霊がその美しさに見とれた余り失神してしまう。

 ……そして、いつもの事とばかりにドリィを初めとした古参の侍女達の手によって運び出されたるのだった。


「……お父様、確かに最初はお父様の娘と言うことで注目は集まるかもしれないです。 だけど、それは一時のことだと思うの。……私は、お父様程の美貌は受け継いでないから……。」


 精霊王の言葉に思わず苦笑してしまうベルセポネ。


 ベルセポネは父である精霊王に比較すれば平凡な容姿ではあったが、笑顔の可愛らしい少女だった。


「そんな事は有りませんっっ!!

 ベルの春の日差しのように煌めく黄金の髪も、桜色に染まった頬と唇も、春の芽吹いたばかりの若葉のように瑞々しく輝く瞳。 何よりも、穏やかで可愛らしいその笑顔! 世の中の悪い虫共が群がらない訳がありませんっ!!」

「……お父様程の美貌の持ち主に言われても複雑だよ。」


 如何にベルセポネが可愛らしいかを主張するために、薔薇色に染まった頬をさらに紅く染め力説するが、ベルセポネの信じていない様子に拗ねたような表情を浮かべる精霊王の姿は可愛いと同時に美しく、……給仕をしていた侍女が再び数人感極まって失神してしまい、再びドリィ達が回収する。


「……私だって、いつかはベルが嫁いでしまう事は分かっているのです。 あ、勘違いしては駄目ですよ。 ベルに嫁げと行っている訳ではないのですよ。 それこそ、あと百年でも、千年でも、この城で暮らせば良いのにと思っています。

 ……ただ、ベルだって外の世界に興味を持つ年頃だと思ったのです。 だから、本当は嫌ですけど少しずつ転移や身を守る方法を学んでみてはどうかと考えているのですが……」


 精霊王の言葉にベルセポネは驚き、目を見開いてしまう。


「お父様、本当っ?!」

「ええ。 ドリィならば何かがあってもしっかりと対応してくれるでしょうし、教師役を既にお願いしています。」


 心から嬉しそうに笑う愛娘の姿に思わず苦笑しながらも、精霊王も優しげな微笑を浮かべる。


「お父様、ありがとうございます。 ふふ、とっても楽しみ!」


 精霊王の言葉に満面の笑みを浮かべるベルセポネは広い世界に思いを馳せて、純真無垢な笑みを浮かべるのだった。




 朝食を終え、ベルセポネと別れた精霊王は執務室にある椅子に座りため息を付いていた。


「……陛下、失礼いたします。」


 執務室に入ってきたのは、ティーポットやティーカップをカートに乗せて運んできたドリィだった。


「ドリィですか……。 ドリィ……どうして娘の成長とはこんなにも早いのでしょうね?

 私だって、いつかはこの城を飛び立って行く可能性があったのは分かっていました。 でも、まだあの子には早いと思うんです。」


 ため息を付きながら悲しげに眼を伏せて話す精霊王の姿は、まるで一枚の絵画のように美しかった。


 もし、この場にいるのが精霊王の美貌になれきっているドリィでは無ければ、おそらく鼻を押さえて顔を伏せるか、気絶していた可能性がとても高かった。


「その言葉は数年前よりお聞きしていますわ。……姫様が、ベルセポネ様がお生まれになって早数十年。 何時までも、親が思っているような子供ではありませんよ。」

「……分かっています。」


 分かっていると良いながらも、何処か納得がいかないような、拗ねたような表情を浮かべる精霊王。


「……それに、城を飛び出すようなお転婆さんに育たなかっただけ良いではありませんか。 ベルセポネ様は本当に心優しい素直な方に御成長されましたもの。」

「当然です! ベルセポネは国一番、いえ世界一です!」


 親馬鹿全開で自慢げに胸を張る精霊王に、ドリィはますます苦笑してしまうのだった。




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