稽古
「忠晴さん、お稽古の時間でございますよ。」
部屋の襖を少し開けて、使用人のヨネが声を掛ける。俺は急いで押入れの中に隠れる。なかなか返事をしないのでヨネが部屋の中に入ってきた。
「忠晴さん?おられないのですか?困りましたねえ…。」
たいして困ったそぶりもせずにそう言うと部屋を出て行った。俺は上手くいった、と思って押入れを飛び出すと、目の前にヨネが仁王立ちをしていた。
「何度も同じ手には乗りませんよ。少しは策を考えてはいかがでしょうか?」
ヨネはくすくす笑いながらそう言うと、俺の腕をつかんで道場へと引っ張って行く。これで今年喜寿を迎えるとはとても考えられない。
「あーあ、また見つかっちゃったなあ。今度はツボの中にでも隠れてみようかな。」
「そうやって教えてしまっては意味がないでしょうに。…本当にやらないで下さいよ?割ってしまっては大変ですから。」
当時の俺の家は伝統ある旧家で、剣道の道場であった。俺はその剣道場の跡継ぎとして育てられていたため、毎日のように学問、剣術の稽古をさせられていた。当時十歳だった俺はまだ遊びたい盛りで、こうして稽古をさぼることが何度もあった。だからヨネはこのような事にはもう慣れてしまっているのだった。
「それに忠晴さんは跡継ぎなんですから、もう少し真面目に稽古をなさらないといけませんよ。」
「俺はこの家を継ぎたいなんて思ったことはない。父上が勝手に言っているだけさ。」
「またそんな言葉遣いをして。母上様が聞いたら何ておっしゃられるか。」
ヨネは大げさにため息をついた。
「小言は母上だけで十分だよ。それより、俺は厠に行きたいんだけど…」
「そう言ってまた逃げ出すつもりでしょう。その手には乗りませんよ。」
「俺が信じられない?なら、戸口に立っていなよ。そうすれば逃げられないだろ?」
「ほう、考えられましたね。そのお言葉は信じてもよろしいのですか?」
「ヨネさん、この前台所にあったぼた餅つまみ食いしただろう?」
「おや、人の弱みを握るとは随分成長なさりましたね…わかりましたよ。旦那様には都合のいい理由を伝えておきます。」
それを聞いて、俺はさっさと裏口へと走る。途中振り返って、言った。
「ありがとう。大丈夫、ぼた餅の事は言わないさ。」
「そうしてくださいな。まったく、どこでそのような駆け引きを覚えたのだか…」
ヨネは苦笑しながらそう言って、俺を見送った。
はじめまして、菊池朝之助と申します。
高校の時に書いた小説のリメイクを少しずつ上げていきたいと思います。
とても拙い文章ですのでかなり、ものすごく読みづらいと思いますが、もしよければ読んでいただけると嬉しいです。
毎月14日に更新します。
あくまで「FSTS」がメインなので更新は遅めです。