2.
「烏君」
店主は微笑みながら丁寧に私を呼び付けた。
「すいませんでした」
私は颯爽と赴き、何も言わず、ただ頭を下げた。
失敗をしたという申し訳なさと、こんなことをしてしまったという驚きが、私に謝るということをさせる。
「反省しています」
しかし、ひたすら平謝りする私に店主は意外なことを言うのだった。
「何故、中途半端なのです?」
「何がです」
「何がではありません。貴方がお客様の為にしたことですよ」
「中途半端でしたか?」
「そうです」
規則違反はしたが、中途半端なことは断じてしていないと思うのだが。
「貴方がお客様の為にバルから取り出させたり、『虚無限の叙事録』を使ったりすること自体はいっこうに構いません。しかし、最後まで責任を持つべきです」
「……」
私は黙りながら店主に肯定の意思表現を呈した。
「貴方には、エミル様のことをお頼みしましたよね?それは、例え規則違反をしてでもエミル様に精神誠意のサービスを提供しなさいという意味です。」
「はい」
私は、下唇を甘噛みしながら静かに肯定した。
「ですが、貴方は聴力に神経を集中させていましたよね。それは必要ないことではないですか?」
「自分もそう思います」
「ということはバルは必要なかったんではないですか?」
「……」反論する道理を持ち合わせていない私は、ただだんまりするしかなかった。
「貴方もご存じの様に、『創造』は私と貴方の力ではありません。この空間の力なのです。私達は契約を交わし、この空間の時空を扱っているだけにすぎないのですよ」
私はここだけは口を開くべきだと思い、震える上下の唇の間に、数ミリ距離をとって声をだした。
「だからこそ、よけいな力を使えば空間の消滅につながりかねない……」
「そうです」
空間の消滅とは、先程の事件もそれにあたる。エミル様はこの空間の中の空間に過ぎないからだ。
「まぁ今回は大事に至らなかったので、よしとしますが次は気をつけて下さいね」
「はい」
私はこの事を胸に、ある決意を決めるのだった。
「ところで、エミル様は黙読中ですか?」
「はい、そこの椅子に座り本を読まれていますよ。スゥスゥと可愛らしい寝息をたてながら……」 ここでの読むという行為は実際に文字の羅列を頭に入れるのではなく、映像鑑賞に近いものと思われて構わない。
「そうですか。それにしても何故、本を埋め込むと皆寝てしまうのですかね」
「この空間のせいですよ」と私は笑いながら答えるのだった。