誤解
「気に入って頂けましたか?」
「……」
お客様は、それを否定するかのような沈黙を呈した。沈黙は雨の如く力強く、優しく、そして、いたく厳しかった。
異常聴域というのをご存じか、噴火などの大きな音が伝わる時に、ある場所では音が聞こえず、それより遠方の区域でよく聞こえる不思議な現象のことを言うのだが、それに似た現象がこの空間内で生じているのではないかという錯覚が私達には感じられた。 その錯覚、音が造り出す分散と共鳴、それらたくさんの沈黙が我々に向けられ、卵殻のように包みこめられた。
「そうですか、それは残念です。もし宜しければ、まだ観ていかれても構いませんが……、いかがなさいますか?」
「……」
店主の申し出は肯定の意思だけに伝わり、いくらかの沈黙がより静かな沈黙へと変わった。
幾分か洋灯の火も広がった気がする。ぽわぽわとゆれる灯ったその火は、
暗闇の中に溶け込んでいた腰掛けをほんのりと浮かび出させた。
「お掛け下さい」
「……」
「私は予約のお客様の応対をしなければなりませんので、申し訳ありませんが失礼します」
「……」
店主が彼女の下へ闊歩しだしたのは、ちょうど私が本を取り出した時であった。
「それにしてもよくない傾向ですねぇ」
コノハズクの様に鋭い顔つきで、店主は訝しげに独語をたれる。
「おやおや、『虚無と無限の書』も使うつもりですか」店主の肩越しには、異様な力が空気を押し出していた。
悪寒、まさにこれがそうなのだろう。そのそれが渦を巻いて私に伝わった。