5.
「ありがとうございます」
「ところで、どんなお話なんですか?」
私は、できる限りの笑みを作り
「ここに来たあるお客様のお話です」と答えた。
それを聞くや、彼女は好奇心で目をキラキラとさせた。雛のように愛らしい瞳は、全ての男を引き込んでしまいそうな魅力があった。
私は彼女のそのにこやかな表情を一瞥し、一冊の本を体内から取り出した。
「どうしたんですか下ばかり見て?」
「本ですよ、ここに物語の本があるんです」
「何もありませんよ」
彼女は少し怪訝そうに私を見た。具体的な理論の一つ話さなければきっと納得しないという意志がヒシヒシと伝わった。
その本は見えない紙で造られ、見えない文字で書かれている。勿論、私にも見えないしお客様にも見えない。
店主ならばあるいは見えるのかもしれないが……、誰にでも読むことはできる。不自然なことだが、空間の影響だと考えれば納得するしかない。現象が現実に起こっている以上、納得するしかない。
例えそれに的確な理論をつけられたとしても、見えないのだからマジョリティーには受けいれられないのは当然。ならば論より証拠、彼女にも証拠を観せるしかない。
「持ってみますか?」
「はい」
彼女の肯定の意思を受け取った私は、右手に本を握り、彼女に差し出した。 彼女は意外にも素直に手をだし、本に手をかけた。
彼女の手が本を握ったのを確認した私は、そっと手を緩めた。
「本当に本だったんですね、すごい……」
歳相応の無邪気さがなんとも微笑ましい。
「読んでみてもいいですか?」
彼女は突然そんなことを言い出した。しかし、期待に答えるわけにはいかないので一蹴した。
「申し訳ありません」
「そうですか、仕方ないですね」
「では、本を」
「どうぞ」彼女の手から本を受け取った私は話を始めた。