3.
そして、彼女の指が球体に触れた。その感触が私にも伝わり、神経に稲妻がはしった。私はその稲妻に、一瞬気を取られてしまった。
最悪なことに球体の表面が不規則に変化し、消滅しようと小さくなったように感じられた。
意識を集中し私は球体の維持をどうにか保っていた。
「お取り下さい」
「……」彼女は無言で頷いた。
彼女の手は球体を貫き、写真にゆっくりと指を近付けていた。 そして、写真に指が触れた瞬間、球体が蛍火のような光を放ち、彼女は手を引き抜こうとした。
「抜いてはいけません」
躊躇がない、激しい言葉に驚いたのだろう。彼女は、終始黙ったまま、いっこうに動こうとしない。
「あの、すいません。驚いてしまって……、えっと……、すいません」
「仕方ありませんよ、いけなかったのは私です」
「どうしてですか?」
「お話しますが、その前にどうぞ手を自由になさって下さい」
「そうですね」笑いながら彼女は手を引き抜いた、写真をしっかり持って……。
「申し訳ありません」
「なぜ謝るんです?」
「私は、二つほど大きなミスをしました」
「いいですよ、気にしないで下さい」
「いえ、そういうわけにはいかないミスです。エミル様が手を入れた瞬間にバルが不安定になり、消滅しようとしました。引き抜こうとした時もです。バルの消滅は、物体の消滅と同義、もし、あの瞬間バルが消滅していたら、エミル様の御手は……」
「そうですか」その言葉意外、彼女は言葉を止めた。
空間の中は棺桶のように冷たかった。更に私には、外から悲しみが押し込まれているのではないかと感じられた。身を滅ぼしかねない程の自己嫌悪で私は耐えられなかった。
そんな重々しい空間を一蹴したのは彼女だった。
「あの、バルってなんですか?」
「説明不足でしたね、申し訳ありません。バルと言うのは、あの球体のことです。私達が空間に何かを造り上げるのに必要な粒子を集めて、固める役目をすると思って頂いて構いません。専門家が言うには物理法則には逆らっていない見たいです」
彼女はなにか考えているのか、一瞬会話に間をあけた
。
「確かにそうみたいですね」彼女の可愛らしかった顔が、大人びて見えた。