2.
「着いたわ」
息をきらせながら、警戒心らしき威圧感をすっと消し去り、胸をなで下ろし、握っていた手をゆっくりと放した。少女の手には、否に冷たい汗がじわっと滲み出ていた。
私の目先に見えるのは、木々たちの美しい景色、遠近法が巧みに用いられたお庭は、私に場違いですよと言っているかのようにやけに広かった。絵になるなぁと感心する反面、異様な羨望というか、憎悪というか、そんな汚れた負の塊が私の中にひっそりと生まれていたなんてことは、私だけの秘密……。
秘密にする必要は全くなかったけど、私だってある程度の人間らしさはあるし『人間ですか?』と言われれば、人間って答える。
「立派なお屋敷ね」
私が正直な感想を告げた。
彼女の反応を体感した私の心は、春一番のような突風が南方よりぴゅんと駆け抜けたイメージかしら、木々をざわつかせたと思ってくれない?
「私は嫌いだけどね」と呟いた。
広葉樹の緑はふてぶてしく周期的にざわついていた。それはまるで私に何とかしろと言わんばかりで嫌だった。
木々を意識的に目に入れさせ、私はとぼとぼとお屋敷まで歩いた。木々のふてぶてしさは、よりいっそう増し、要りもしない沈黙を私たちに贈与する。
人間というのは不思議なもので、こういうとき無言というわけにもいかないと思ってしまう。
だから、その最中にはたわいもない会話を少しした。本にたわいもない話だから話すようなことでもないけど……、
「随分広いお庭ね」
「それって皮肉?」
少女は少し嫌そうな顔をした。この表情が感情と本に一致しているかどうかなんて私には分からなかったけど、どんなシチュエーションを考えても負の感情からであるのは間違いなさそうだった。だって話しかけた後に少し間があったから……。
「冗談よ、うん、まあそうね、この辺りでは私の家が一番大きいかもしれないわ」
「そうなの」
「そんなことよりもあなたは、ここではよけいなことを言わないこと、特に出身については絶対に口にしてはだめ」
私は少し困惑しながら
「わかったわ」と一言だけ口を開いた。
しかしなぜだろうか、困惑の中にも違和感を覚える?いや、なにか不思議な感覚がする。
木々は私の中の不可思議な疑問を吹き飛ばすかのように揺れ始めた。