初心者ゲームでかたならし?1
「じゃあ、さっそく最初の乙女ゲーム世界に行こうか」
スカウトマン改め相棒がいきなり私を連れて行こうとするが、
「ちょい待て、焦りすぎでしょ。少しくらい説明してよ。
そこは、どういう世界なの?社会背景とか、攻略対象者の大まかな説明とか」
「悪い悪い。まずは 乙女ゲーム世界に慣れてもらうために 、君が今迄過ごしてきた世界に近いものを選んでみたよ。
セレブの子息令嬢が多く通う学校に一般家庭のヒロインが成績優秀で、特待生として入学するところから 物語がはじまる」
「待った、それ全然近くない。成績優秀って…そもそも私、入院生活で殆んど学校行ってないんだけど」
「そこは大丈夫。異世界転生の補正システムを使うから」
「異世界転生の補正システム?」
「そう。別名”ご都合主義スキル”。このシステムで、どんな世界でも言語の壁はないし、求められるスキルも楽々習得できるというお助けシステムなんだ」
「へえー」
「で、その学校には五人の攻略対象者がいて……」
「もしかして、生徒会役員と顧問の教師とか?え、マジで?テンプレすぎでしょ」
「だから、最初は簡単な乙女ゲーム世界で、肩ならしをしてもらおうと思ったんだよ」
ちょっと拗ねたように相棒がぼやく。
「悪かったわ。じゃあ、死亡とか没落とか追放エンドのあるキャラはいるの?」
「そこまで、深刻なエンドはない。でも断罪イベントはあるよ」
「あー、乙女ゲームの見せ場だもんね」
「とにかく、エンド迄 物語(世界)を動かしてほしいんだ。
今回は、求められる答えが二択になってて、特に何も考えなくても必ず最後まで進めていけるはずだから」
「二択のどっちか選べばいいってこと?」
「そうそう。とにかく君は居てくれるだけでいい」
何も考えずとも最後まで…って何か引っかかるけど。
「ふーん、わかった。やってみるよ」
では、第一の乙女ゲームを始めよう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
気がついたら、入学式の真っ最中だった。
いきなりすぎるでしょ。
壇上では年配の小父さんが、新入生に向けて 訓辞を述べていた。
小父さん(校長先生?)のお話が終わり、
「新入生代表、藍原恵美」
ん?藍原恵美…私だ!
新入生代表になるには、入試の首席でなくてはならないはずで…。
私の立場は成績優秀な特待生。
つまり、これから壇上で挨拶しなくてはならない訳で…。
いやいやいや、突然演説しろと言われても、無理だから!
パニクってたら、頭の中に相棒の声がした。
《制服の内ポケットに原稿が入ってるから、それを読めば大丈夫》
私は心臓をバクバクさせながら壇上へ向かい、会場にいる新入生とその父母達を見渡しながら新入生代表の挨拶を述べた。
これも補正システムのおかげか、我ながら大変立派な挨拶だったと思う。
いきなりの大役だったけど無事に終え、壇上から降りる途中 最後の一段になった時だった。
「…え?」
突然右足が階段に張り付いたかのように動かなくなった。
結果、バランスを崩してベチャッと転けた。
あまりのことに呆然として、潰れたままでいると何やら頭に浮かんできた。
A 気を失ったふりをする
B 自力で立ち上がりテヘッと笑う
……イベントかーい!とツッコミながら、私がとった選択はBだ。
ただしテヘッは、やらん!
床にぶつけたおデコが痛い。若干涙目の私に声をかけた人がいた。
「大丈夫?保健室に行こうか?」
A 行く
B 断る
「いえ、大丈夫です。少し額をぶつけただけですから」
「そう?なら、これで冷やして」
とハンカチを手渡された。
「は?はい、ありがとうございます」
反射的に受け取ってしまったが、この人は誰だ?
《彼は副会長だよ》
相棒が教えてくれる。
なるほど 生徒会役員との接触のためのイベントだったのかと納得。
でも、何も公衆の面前で 赤っ恥を欠かせなくっても良くない?
《完璧なヒロインは乙女ゲームにはいない。ドジっ子属性が多いかなあ》
ああ、ハイハイ。
相棒と脳内会話をしながら教室に向かう。
途中トイレの洗面台でぶつけた額を確認した。
少し赤くなっているがコブは出来ていないようだ。
「ふーん、これが藍原恵美かぁ」
私はこの世界の自分を観察した。
顔は可愛い感じのまあまあの美少女風。髪は明るめな栗色のセミロング。
平均身長のやや華奢な肢体。
ちょっと小動物風なところが庇護欲をそそるような、これまたテンプレなヒロインだ。
「さて、このハンカチをどうしようか」
《洗濯して明日生徒会室に返しに行って他の生徒会役員に興味を持たれるイベントだから》
「そこはもう決定なんだ…」
どうせ洗って返すんなら、と おデコ冷やすのに使わせてもらう事にした。
翌日の放課後 筋書き通りに生徒会室にハンカチを返しに行った。
副会長を呼び出してもらおうとしたら、チャラい会計に生徒会室に引っ張り込まれた。
「わざわざ返しに来させて 返ってお手数をかけましたね」
と一見穏やかだが、腹を読ませない副会長がハンカチを受け取る。
「昨日の転けっぷりは見事だった。思い出すとまた笑えてくる」
会長が、ニヤリと口角を上げて話し掛けてきた。
あんたも居たんかい。なら助けろよな。
《昨日の君が保健室に行く方を選択してたら、会長が連れてくことになってたんだ》
あ、そうなの?じゃ、気を失った振りしてたらどうなってたの?
《顧問の教師がお姫様抱っこで、保健室に運んでた》
ひぇー良かった、自力で立ってて。
目的も果たしたことだしお暇しようとしたら、会長に呼び止められた。
「新入生から 二人程生徒会に入ってもらう事になっている。一人はお前だ」
「え?」
これ、受けないとダメなの?
頭の中に二択の答えが出てこない。…受けるしか無いの?…。
《受ける迄がイベントです》
相棒が「家に帰るまでが遠足です」みたいな事を言う。
私は渋々了承。
「分かりました…」
顔合わせと打ち合せは後日ということで、解放された。
「これで、イベントは終了なの?」
《そう、一年のもうひとりの役員が攻略対象者で 生徒会室を舞台に乙女ゲームが進められて行くことになるんだ》
その一年生の攻略対象者は、初等部からの内部進学の生徒で、今迄ずっと首席だったのに 藍原恵美に首席を取られライバル認定して突っかかってくるとか。
うわぁ 面倒くさそう。
「二年後会長達が卒業する迄がゲーム期間ということね」
こうして私の高校生活が開始された。