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竜恋記

作者: 春野なお

 陽が登り始める頃、マリアは森の中を軽い足取りで進んでいた。

 天井を覆い隠す木々に陽の光りは遮られ、薄暗い道を目的地に向かってひたすら歩く。

 遠くから狼の遠吠えや鳥が羽ばたく音が聴こえてきても、マリアは気にする事はなかった。

 今年で十六歳になったマリアはお淑やかさとは無縁の少女だった。

 村人の女性が着るワンピースのスカート丈を短くし男性用のズボンを履き、動きやすさを重視した格好がマリアの日常服だった。

 最初は女だからと注意されていた物も五年も経てば見慣れた風景だ。

 長く伸ばした髪を紐で邪魔にならないように括り、年頃の娘とは思えないくらい手入れに無頓着だった。

 そんなマリアが向かっている先は村の家庭用として使われている水の流れるミュール川だった。

 上流に栄える首都ロストへリムから流れてくるミュール川は、マリアの住むレンドリー村に辿り着く頃には川幅が広く流れも穏やかになる。

 しかし昨夜から降り続いた雨の影響で、上がった今でも激しく流れる水音が耳に入ってくる。

「やっぱり凄い」

 あまり雨の降らない地域の為、ここまで増える事はなく初めて見る光景にマリアは少し離れた場所から感嘆の声を上げた。

 轟々と弱まる事をしらない流れに恐怖を感じながら両親に報告に戻ろうと踵を返した時、視界に赤い色が写り込む。

「赤?」

 まだ冬が終わり春に向かうという時期に、赤い花や実を付ける植物はない。気になって目を凝らした先にあったのは人の形をしている。

「まさか」

 慌てて駆け寄ると赤い髪をした青年が足を川に付けた状態で倒れていた。

 目前に迫った川の勢いで青年の身体が流されてしまいそうになり、両腕を掴んで力一杯引っ張り距離をとる。

 そして改めて青年をよく見てみると、髪は燃える炎の様に真っ赤で触ったら火傷をするのではないかというくらいだ。服は泥で汚れていたが、布地は高価な物で身分が高いのだろう。

 次に顔を覗き込み、あまりの美形にマリアは茫然となった。

 村にも青年と同年代の者はいるが、農家だからか全員が筋骨隆々で美形と呼べない。

「綺麗な顔」

 気を失っているだけなのを呼吸から感じ取り、怪我がないか身体を調べる。頬に擦り傷があったが、他に目立った外傷はない。

「流されて来たのだとしてもこんな軽傷で済むものかしら」

 この青年の服装からして上流にあるロストへリムから不慮の事故で川に落ち、ここに流れ着いたとしか考えられない。

 それならもっと沢山の傷があってもいいのにそれが見当たらなかった。

「それにしても不思議な髪色」

 あまりにも鮮やかな赤髪が気になりそっと手を伸ばす。

 すると青年が呻き声を上げ、マリアは慌てて手を引っ込めた。

「あ、ごめんなさい!」

 触れていた事を申し訳なく思い顔を逸らすと、背後で身を起こしている音がする。

 何を言われるのかと不安になり、ドキドキと鳴り止まない胸に手を当てた。

「君は?」

 青年がマリアに問い掛け、濡れた髪をかき上げる仕草が妙に色っぽい。

「ここで気を失っていた貴方を見つけたの。流されて来たのよね? やっぱりロストへリムの方から?」

「ロストへリム?」

「違うの?」

 一気に説明したマリアに、青年はおかしな場所で疑問の声を上げた。

 首都の名前を知らない者などいない筈なのに、青年の反応はまるで聞いた事ないという風だ。

「いや知っている。この川はそこに繋がっているのか」

 考え込んでしまった青年にどう対応したらいいのか分からず、ただ青年の顔を見つめているとある場所が気になる。

「瞳の色も赤?」

 綺麗な髪と造形の整った顔、瞳の色も真紅で宝石のような色合いをしていたのだ。

「何?」

 驚きのあまり声を上げてしまい、青年が訝しげにマリアを見る。

「あの髪と目の色が珍しいなと思って」

 正直に思っていた事を喋ってしまってから気を悪くさせてしまったかもと焦る。

「これ珍しい?」

 そんなマリアをよそに青年は自分の髪を引っ張り不思議そうに眺めていた。

 どこか世間離れした青年にマリアはどう扱っていいのか分からなくなってくる。

 さっきまでの緊張は無くなり、正体を知りたいといういつもの好奇心旺盛な性格が現れてきてしまった。

「貴方はどこから来たの? 名前とか聞いても大丈夫?」

 これくらいなら教えて貰えるかもしれないと尋ねてみる。

「俺はセルム、実は」

 青年が答えようとした時、空気を震わせるような動物の鳴き声が辺りに響き渡った。

「この声」

 久し振りに聞いた声にマリアは空を見上げると黒い影がこちらへと近付いてくる。

「まさか!」

「セルムさん?」

 ぐんぐんと大きくなる影にマリアは憧れる様な輝く目で見ていたのだが、隣にいたセルムと名乗った青年は慌てて立ち上がる。

「ちょっと!」

 腕を掴まれ抗議する間もなく引っ張り上げられマリアは前につんのめりながら走る。

 セルムは木陰に入ると空を怖いくらいの目で見上げていた。

「セルムさん、どうかしたんですか?」

 突然の行動に驚いていると、辺りが暗くなる。そしてざわざわと葉の擦れる音が響き、それはあっという間に通過していった。

「やっぱり竜。久し振りに見たわ」

 通過していった姿を木陰から顔を出して見上げ、黒い竜が過ぎていくのを眺めた。

「怖くないのか?」

 セルムは怖がっているのかと思ったのだが、真剣な表情でマリアの顔を伺っている。

「怖くないわよ。ちゃんと不可侵条約があるんだから」

 自信満々に答えるとセルムは不思議な物を見る目をしていた。

 このミーシャ川は村の水源の他に竜の住む場所の国境線として機能している。

 その為か竜が上空を飛翔している姿を見る事は珍しくない。

「数ヶ月ぶりに見たけど竜が人を襲った話は聞かないからただ巨大なだけでしょ?」

 何の心配もしていないし、竜と遭遇した所で小さな人間になど興味はないはず。

「セルムこそ怖がりなのね」

 そんなに怖がっているようには見えなかったが、冗談を言うように笑うとセルムは肩をがっくりと落として溜め息をつく。

「君みたいな考えの人間がいたら国境線なんて作らないと思うな」

「確かに」

 しかし村の狩り場などの区域が分かれているような感覚と考えればおかしくない。

「王様の考える事は分からないわね」

 この川を国境線にしたのは王からの命令で、それによって生活が変わった訳ではない。

 幅広い川を渡って狩りをしなくても生活に不自由はないからだ。

「強いな」

 セルムの言う強さが何なのかマリアには理解出来ない。

 しかし優しげに微笑むセルムに頬が熱くなる感覚がする。

 慌てて下を向くとセルムの右足首が左に比べて異様に太くなっている事に気付いた。

「セルムさん足首見せて!」

「え?」

 勢い良くしゃがんだマリアに驚くセルムを無視し、右足のズボンを捲ると赤く腫れ上がっていた。

 腫れている場所を軽く押すとセルムから呻き声が上がる。マリアはそのまま足首を回し、骨が折れていない事を確かめた。

「川を流されて骨が折れていないなんて運が良かった。手当てしたいから私の村に来て」

 躊躇する事なくマリアより背の高いセルムに肩を貸すと、森の中を歩き始めた。



「君の村の女性はみんな君みたいなのか?」

 そんな呟きに馬鹿にされたような気がして睨み付けた。

「こんなって。まぁお転婆で女に見えないって言われるけど。あと私はマリアって名前があるの」

 来た道をゆっくり戻りながら自己紹介を済ませる。

「俺はマリアみたいな女性には初めて会った」

 確かに細身とはいえ体格の良いセルムに肩を貸して歩く女性などいない。

 そもそも大雨の降った後の川の様子を見に行く事すらしないだろう。

 しかしそれがマリアにとっては普通で、誰にも文句は言わせなかった。

「俺の事はセルムでいいよ。君の事はマリアって呼び捨てでも?」

「あ、いいわよ」

 信念を貫こうと決意しながら必死にセルムを連れて歩いていたからか、聞かれた質問に深く考えずに返事をする。

 村で年上の男性とこんな風に会話した事は少なく、マリアにしてみれば未知の世界だ。

 セルムの方もマリアを意識している様子はなく、ただの助けてもらっている人くらいの認識なのだろう。

 その距離感が付き合いやすいのだと思う。

「俺を連れて行って迷惑じゃないのか?」

「なぜ?」

 セルムの質問に意味が分からず問い返しながら森を抜ける。

 それからレンドリー村までの道の両側には畑が続き、遠くの山々まで眺める事が出来た。

 雨の降った次の日だからか村人の姿はなく、マリアとセルムを見ている者はいない。

「年頃の女性が男を連れて行って何も言われないのか?」

 心配そうに見下ろされ、一旦足を止めてずり落ちそうになるセルムの腕を肩にかけ直す。

「そういうの気にしてないし、たぶん親も諦めていると思う」

 最初は女らしく育てようとしていたらしいのだが、父親の仕事柄上手く行くはずもなく今に至る。

 村の門をくぐり抜けすぐに見えてきた自宅の隣に立つ建物を見上げ、セルムが納得したように頷く。

「分かった?」

 視線の先にある柱に付けられた看板には剣術道場と書かれており、自宅より立派な木製の建物があった。

 今は静かで何の音もしていないが、夕方になれば木刀を振る音や掛け声が外まで聞こえてくる。

「小さい頃からやっているのか?」

「物心ついた時にはやっていたかな? 同年代の男なら勝つ自信あるけど体格差が出てくるから」

 今は男女でも体力や身長は変わらない。

 だが成長期に入った男にはすぐ抜かれてしまうだろう。

 それが悔しくて前よりも厳しく鍛えるようにしていた。

 絶対に負けたくない。

 そんな想いが年々強くなっていく気がしていた。

 落ち込みそうになる気持ちを奮い起こし、自宅へ続く石畳を歩く。

 その音に気付いたのか扉がゆっくりと開いていった。

「お帰りなさい」

 マリアの母であるミランダが顔を出し、セルムの存在に気付き動きを止める。

「お母さん、色々あって話しが長くなりそうなんだけど」

 さすがにこのまま川であった出来事を説明するのは疲れそうだ。

「分かったわ。とにかく中へどうぞ」

 マリアから離れたセルムが壁に手を付き右足を庇いながら歩いていく。

 マリアも続き、室内へ入ってから素早くテーブルに駆け寄ると椅子を引いてセルムを案内した。

「隣から救急箱持ってくるから待っていて頂戴」

 ミランダが足早に台所脇にある扉から出て行く。

 そこは抜けると剣術道場の裏手に繋がっていた。

「怪我は日常茶飯事だから」

 だからか救急箱はいつも剣術道場の方に準備されている。

 マリア自身も擦り傷打ち身を毎日負っていて、救急箱のお世話になりっぱなしだ。

「骨は折れてないだろうし、先生呼ぶまでもないわよね」

 重傷なら床に足をつくだけでも痛いはず。

 しかしセルムは澄ました顔で座っている事から大丈夫なのだろう。

 我慢強いとかなら別だが。

「そのうち治るから放っておいても平気だ」

 マリアの出した紅茶を飲みながらあっけらかんとした言い草に呆気にとられる。

 治療しなくても治るとは思うが、これからどうするかを考えればしっかり歩ける様になってもらいたい。

「早く治って都まで帰らないと心配している人いるんじゃない?」

 川に流されて来たとしたら生存を確認したい身内がいるだろう。

 ここから首都ロストへリムまでは馬車で二日程かかる。

 それだけの距離を流されて軽傷のセルムに運の良さを感じた。

「マリア」

「な、何?」

 呼び捨てにされる事にまだ慣れてないからか、あからさまに慌ててしまいセルムが苦笑する。

「ごめん。嫌なら変えようか?」

「ううん、大丈夫だから。それで何?」

 そのうち慣れるだろうと思い、セルムに先を促す。

「いや首都までそんなにかかるのかと思って」

 セルムの質問にマリアは頭の中でレンドリー村からの道順を考えてみる。

「川を上れば直線だから近いけど無理だし、道は国境線もあるからやっぱり遠回りになるのよね」

 いくら川が国境線だとしてもロストへリムに近付くに連れて検問や見張りも増えてくる。

 その度に足止めされたり遠回りさせられたりとかなり面倒くさい。

「竜みたいに上空を飛んで行けたら楽なのに」

 勿論、竜に乗るなんて不可能で相手にすらされないだろう。

「飛んでみたい?」

「みたいけど」

 冗談で言っているなら馬鹿に出来たのにセルムの表情は真剣だ。

 だから戸惑ってしまい会話が止まる。

 それと共にセルムの事を知りたくなってしまった。

 貴族なのかと思っていたのにそうでもなく、珍しい髪と目から差別を受けているという様子もない。

 早く帰りたいという気持ちもないらしく、どんな身分なのか知りたかった。

「セルム、貴方って」

 どんな人なのか聞こうとした所で、救急箱を抱えたミランダが戻ってきてしまった。

 慌てて口を噤んだマリアに何かを感じたのか、セルムと交互に見られる。

「お邪魔だったかしら。ロベルトを呼んでくるから手当てしてあげて」

 マリアに救急箱を押し付けるように渡し、ミランダはそそくさと家を出て行ってしまった。

「ちょっとお母さん!」

 慌てて後を追おうとした時には遅く無情にも扉は閉まっていた。

 確実に勘違いされている。

 しかしセルムと気兼ねなく会話出来ている事が不思議だった。

 近所に住んでいるセルムと同年代の男性と二人きりになる事はあまりない。

 どうしても子ども扱いされやすいのか対等な立場というのは初めてだった。

「マリア、ロベルトって誰?」

 ミランダの出て行った扉を茫然と眺めながら、セルムとの距離感について悩んでいるといきなり声を掛けられる。

「え、何?」

 ただ声を掛けられたと認識しただけで内容までは聞いていなくて問い返す。

「さっき呼びに行くと言っていたロベルトって」

「あ、お父さんの事?」

 マリアの答えにセルムは複雑そうな顔をする。

 考えてみたら父親を呼びに行き、これから何があるのか不安になるのは当たり前だろう。

 しかしマリアから見て父親は剣術には厳しいが、普段は優しくあまり怒られた事はない。

 マリアの服装からして放任主義なのが分かるはず。

「大丈夫よ。めったな事じゃ怒らないし、逆に歓迎されるかも」

 ただ父親の性格からしてセルムの怪我が治ったら勝負を挑んでくるかもしれないが。

「取り敢えず手当てね」

 両親が帰ってくる前に終わらせておこうと、セルムの前でしゃがみ右足首のズボンを上げる。

「あれ?」

 勘違いかと思って右足首を軽く触る。

「痛い?」

「そうでもない」

 セルムの答えに頷きながらも今度は軽く押してみる。

 川で見た時はかなり腫れているように見えたのに、今は赤くなっているだけで腫れていない。

 それでも怪我に違いないと薬を塗り包帯を巻く。

「一応手当てしておいたけど大丈夫そうね」

 これならセルムが言っていた通り放っておけばすぐに治る。

 不思議に思いながらも救急箱を持ってきた手前治療しなければ母親に怪しまれるだろう。

「有難う」

 残りの包帯を救急箱に片付け立ち上がると、セルムが優しそうに微笑みお礼をする。

「うん、余計な手当てかもしれないけどね」

「それでも助かった」

 心からの感謝の言葉にマリアは照れたように笑みを零した。


「遅いわね」

 セルムの治療が終わってから約一時間、父親を呼びに行った母親がまだ帰って来ない。

 本当に邪魔だと思って帰ってこない訳ではないのだろうが、セルムと二人きりで会話も少なくなる。

 セルムの濡れた服も洗濯し、暖炉の前に置いた椅子に掛けておいたらあっという間に乾いてしまった。

 貸していた父親の服から着替え直したセルムと向かい合い世間話をする。

 レンドリー村の生産物の話から剣術道場の事まで語った所で話題が無くなってきた。

「やっぱり何かあったのかな」

 父親のロベルトはマリアが川を見に行く早朝に一緒に家を出た。

 村長の家で雨による被害が無いかの集会が開かれるからだ。

 もうすぐ太陽は真上に上がってしまう。

 戻ってこないという事は何かがあったと考えられた。

「畑に作物はないし、雨被害の他に問題あったのかも」

 マリアはセルムとテーブルに、何度目かの紅茶をカップに注いだ。

 窓から見える外は雲一つない青空で、あんなに雨が降った後だとは思えない。

 夜中の土砂降りの雨音に何か事件が起こるのではと心配していた。

「いい天気だな」

 マリアの視線の先を追ったセルムがぽつりと呟き立ち上がる。

「あ、怪我」

 注意しようとしたのに痛みはないのか、歩く動作に支障がない。

 そのままセルムは窓際まで移動し、空を見上げる。

「それに景色もいい」

 マリアも隣に立ち、見慣れた光景を改めて眺めた。

 村の入口付近に建つ剣術道場は、もしもの時には守りになる。

 今は戦もなく平和そのものだったが、昔は敵が侵入してくるのをいち早く食い止める役割があったらしい。

 その当時に生きていた者はもういないけれど、名残として残っているという。

 だからか窓からは村の入口からその先にある畑、遥か先の山々まで見渡す事が出来た。

 そのまま黙って見つめていたセルムが何かを発見したように身を乗り出して凝視する。

「セルム?」

 突然の行動に様子を窺うと、慌てて窓から離れた。

「マリア、ご両親はどこに?」

「え?」

 今にも外へ出て探しに行きそうな勢いに、マリアは村長の所へ案内するべきか迷う。

「時間がないかもしれない」

 セルムの表情から何があるのか読み取る事が出来ず、マリアは仕方なく扉へと向かおうとして誰かが近付いてくる気配を感じる。

 そのすぐ後に扉が勢い良く開き、マリアの両親が帰ってきた。

「お父さん!」

 ちらりとセルムを確認してからロベルトは疲れたように椅子に座る。

 後ろを歩いていたミランダはすぐに紅茶を用意し、ロベルトに差し出した。

「君がミランダの言っていた奴か」

「はい、セルムといいます」

 睨み付けるように見つめられたセルムが答え、マリアにも緊張感が漂ってくる。

「川で倒れている所を娘が見つけたとか。助かってよかった」

 そこで相好を崩したロベルトに、セルムも安堵の息を吐いた。

「君をすぐにロストヘリムに送りたい所だが問題が起きた」

 疲れたのか眉間を揉む仕草に本当に大変な問題が起きている事が伝わってくる。

「実はレンドリー村から次の街に行く途中に黒竜が居座っているらしい」

「竜って」

 すぐに思い出すのは川縁で上空を通過していった竜だ。確か黒かった様な気がする。

「一昨日くらいから居座り、今日は空を飛んでいるのを見た者がいる。何がしたいのか分からない」

 それが大雨よりも難題らしい。

「行商人が来たくても来られない状態で、このままだと村の生活に関わる」

 何の目的で居座っているのか竜に直接聞くしかないが、好き好んで会いに行く人はいない。

「当分は保つが変化が無ければ手を打つしかない」

 竜に会いに行くとなれば剣術道場を営むロベルトが指揮を取る事になり危険が伴う。

 不安な気持ちのままマリアは黒竜がいるだろう方向の空を見上げた。


「ちょっと卑怯よ!」

「今のはマリアが悪い」

 床に座り込んだまま木刀を振り上げセルムに抗議する。

 その彼も木刀を持ち、勝ち誇った目でマリアを見下ろしていた。

「セルムさん、一応マリアは女なんですから手加減して下さいね」

「一応って」

 母親のミランダが昼食を持って入ってきた所で、マリアとセルムの練習試合は終わった。

 一応という言葉に落ち込みながら木刀を所定の場所に置く。

 セルムがレンドリー村に来てから一週間、山中に居座る竜のお陰でロストヘリムに帰る事が出来ずにいる。

 怪我は驚異的な速さで治り、セルムは運動不足解消にマリアと稽古を始めたのだ。

 そして試合中、簡単に攻め込まれたマリアは尻餅を付き、セルムには勝てない事を知った。

「本当にセルムって何者?」

 道場の隅に移動し、ミランダ手作りのスープを飲みながら改めてセルムを観察する。

 決して筋肉質な身体ではないのに、振り下ろされた木刀を受け止めた時腕が痺れた。

父親のロベルトといい勝負になるのではと考えながら、セルムの様子を伺っているとばっちり目が合う。

 見ていた事に恥ずかしさを感じ、慌てて残りのスープを飲み干す。

 セルムと過ごすようになってから、たまにじっと見つめられていると思う事があった。

 たまたま振り返った先にセルムがいただけなのかもしれないが、その度に胸がドキッとする。

 それがどんな感情なのか分からないマリアは、だんだんと悩みの種になってきていた。

「そういえば午後からロベルトが稽古つけてくれるって言っていたわよ」

 後片付けを済ませたミランダに言われ、マリアは父親とセルムのどちらが強いか確かめる時が来たのだと嬉しくなる。

「嫌な予感がする」

 すっかりマリアの表情を読めるようになったセルムは、眉間にシワを寄せて逃げ腰だ。

「ちょっと気になる事があるだけよ。さて準備しようかな」

 あからさまにセルムを無視し、マリアは午後の稽古に備える事にした。

 向かい合うセルムとロベルトの間に緊張が走る。

 二人の試合を見たいと思っていたが、こんなに緊迫したものになるとは考えもしなかった。

 父親のあんなに真剣な顔は初めてで、同じ様に見学をしていた母親も黙って見つめている。

「甘く見ていたかもしれないな」

 ロベルトの一言にセルムが攻撃を仕掛けた。

 しかし簡単に避けられセルムから焦りの色が浮かぶ。

「だが自己流か?」

 そのまま振り向きざまセルムの持つ木刀を打つと綺麗な弧を描いて壁にぶつかった。

「負けました」

 一瞬の決着にセルムが降参し負けを認めた。

 ロベルトが木刀を下ろし、一礼した所でミランダの拍手によって空気が和らぐ。

 マリアは唖然と二人を見つめ、悔しそうな顔をしているセルムに気付く。

 いつも飄々とした印象だったのに、悔しそうな表情を持っていたのかと驚いた。

「セルム、力はあるが技を持っていない。力押しで勝とうとしても無駄だ」

 マリアも試合でそう感じたが、筋力の差を縮めるのは難しい。

 だからこそ技に磨きをかけて強くなりたかった。

「セルムさん、いい人ね」

「お母さん?」

 父親とセルムはさっきまでの空気が嘘の様に穏やかになり、いつもの稽古が始まる。

「セルムさんにならマリアを任せても構わないわよ」

「それって」

 すぐに理解出来ずにいたが、考えてみてその理由に気付き顔が熱くなってくるのが分かる。

 今まで恋愛などした事がなかったのに、セルムへの気持ちが恋なのだと何となく思い始めていたのだ。

 それが母親の一言で確信に変わる。

「セルムさんの事好きなんでしょ?」

 ミランダの問いにすぐには答えられずセルムに視線を移す。

 セルムはロベルトの教える技に夢中で、こちらの様子は気にしていない。

 さっきまでの余裕さなど一つも無かった。

「彼、まだ強くなるわよ。ロベルトも越えてしまうかも」

 セルムの若さからいってまだまだ成長するだろう。

 ますます広がっていく実力差に落ち込みつつも、これからもずっと応援していきたい気分になる。

「マリアは好きな様に生きていって欲しいの。だけど後悔だけはしないようにね」

 いつも言われている台詞にマリアは小さく頷く。

 まだ剣術も始めてなかった頃から母親は口癖のように言っていた。

 だからこそ自由に生きていけているのだ。

「うん、決心がついたら気持ちを伝えてみる」

 マリアのはっきりした言葉にミランダは微笑み、まだ熱心に稽古をしている二人を見る。

「そろそろ止めた方がいいかしら」

 困ったような顔でのほほんと呟かれ、マリアも同じ方を向くとセルムが一方的に攻め込まれている所だった。

 焦りを通り越して逃げの体勢に入っているセルムに容赦なく打ち込むロベルト。

 マリアは慌てて止めに入り、この場は納める事が出来た。


 その夜、マリアはなかなか寝付けずにいた。

 何となく胸がざわざわするのだ。

「何か起こりそうな気がする」

 この感覚は昔からあって単なる予感で済ませていたのに、今日は胸騒ぎがして眠る事が出来ない。

 頭から布団を被り寝ようと試みる。

「駄目。眠れない」

 ますます冴えてしまい仕方なく身を起こすと窓へ寄った。

 マリアの部屋は二階にあり、隣の空き部屋だった所を今はセルムが使っている。

 ベッドとテーブル、タンスしかない質素な部屋で、女らしさなどないに等しい。

 テーブルの上に置いてある短剣は本物で、自分の身を守るようにと父親から渡された物だ。

 将来は長剣が欲しいと思っていて、それを伝えた所二十歳になってからと言われた。

「あと四年か」

 先は長い。

 それまでは木刀で技を磨き続けようと決めたのだ。

 そのまま窓枠に手を付き外の景色をぼーっと見ていると、黒い人影が村の入口からこちらへ走ってくるのが見えた。

「あれは」

 真っ直ぐにうちへ駆け込んできた数秒後、扉を激しく叩く音に一気に騒がしくなる。

「お父さん!」

 マリアはすぐに着替え階下へ降りると、ロベルトと見覚えのある近所のおじさんが立っていた。

「マリアちゃん、起きていたのかい?」

 いつもは笑顔の素敵な明るいおじさんなのに、荒い息を吐きながら今にも倒れそうになっている。

「悪い報告だ。山中にいた黒竜がここに向かってくるらしい」

「本当か?」

 二人の会話を少し離れた場所で聞いていたマリアは、村の一大事に不安感が押し寄せてくる。

「ああ。検問所からの連絡でレンドリー村方向へ飛んで行ったのを見た奴がいる」

「なぜ村に来る」

 それにはおじさんも答えを持っていなかった。

「とにかく村長の家に集合する事になった。時間がない、頼む」

 ロベルトの返事を待たずに出て行ってしまったおじさんは、次の家へ向かうのだろう。

「何があったの?」

 騒ぎに起きてきたミランダが心配そうに二階から降りてくる。

 その後ろにはセルムも立っていた。

「詳しい話は分からないが竜が向かってくるらしい。とにかく村長の所へ行ってくる。お前達は外へ出ないように」

 厚手の上着を着て、外へと出て行く前に一階に降りていたセルムの元へ行く。

「ここは任せた」

 肩を叩かれたセルムは頷き、ロベルトは足早に村長の元へ向かった。

 今、この間にも竜がこちらへ向かっているのかもしれないと思うと、いてもたってもいられない気分になってくる。

 そもそも目的は何なのか。

 ただ家でじっとしていたくないと思い、武器を持ってこようと踵を返した所でセルムに肩を掴まれた。

「言われただろ。外は危険だ」

 マリアの行動は読まれているようで、怖い顔をしたセルムは離そうとしない。

「でも」

「まだ来ると決まった訳じゃない。様子を見る事も大切だ」

 セルムに説得され、納得はしていないが仕方なく自室へ戻る。

 窓から外を眺めると満月に近い月が煌々と輝いていた。

 辺りが明るくなってくるまでまだだいぶある。

 それまでに竜が到着するのか分からないが、暗くてよく見えない中探すのは無謀だろう。

「動くなら明るくなってきてからかな」

 このまま家にいるつもりはなく、日の出を待って行動するつもりだった。

 それまで少し身体を休めておこうかと思った所で、見覚えのある背格好の男性が村の入口付近に立っていた。

「セルム?」

 暗いのと距離があり確信は持てないが、雰囲気がよく似ている。

「まさかね」

 マリアは慌てて隣室の前に立ち扉を叩くが反応はない。

 ゆっくりと扉を開けてセルムがいない事を確認してから後を追うように外へ飛び出した。

 マリアがセルムのいた辺りに辿り着いた時にはもう姿がなかった。

 しかし向かう先は森へ続く一本道しかなく、他に行きそうな場所が想像出来ない。

 真夜中、月明かりを頼りに畑道を進み森の入口に来た時、辺りの様子がおかしい事に気付いた。

「動物の気配がない」

 いつもなら狼や鳥の鳴き声が聞こえてくる筈なのに、風でざわめく木々の音しかしない。

 異様な雰囲気にマリアは躊躇しながらも、セルムを追い掛けたい一心で足を踏み入れた。

 森の道には月明かりが遮られ、ますます暗さが増す。

 帰りたくなる気持ちを奮い立たせひたすら前へ進み、気付いた時にはセルムと出会った川縁に到着していた。

「セルム?」

 荒れていた川も今では日常に戻り、穏やかな流れになっている。

 そんな川を見るようにセルムが立ち、ただ呆然と眺めているようにしかマリアには感じられなかった。

「何してるんだろう」

 今出て行ってはいけない気がして木陰から様子を窺う。

 じっと動かないセルムは水面から上空へと視線を移す。

 景色を眺めているだけではないように思うが、何をしているかまでは確認出来なかった。

 このままの静けさが続くと思われた時、地響きのような揺れと共に何かが向かってくる。

「まさか」

 この感覚に身に覚えがありマリアも上空を見上げた。

「竜?」

 辺りが暗くなったのは月が雲に隠れた訳ではなく、巨大な竜が遮っているからだった。

「レンドリー村には行ってなかったのね」

 ほっとしたのも束の間、黒竜はあろう事かここに着地しようとしているらしい。

「う、嘘!」

 翼を羽ばたかせながら降りてくる黒竜の風圧にマリアは必死に木にしがみつく。

 手を離せば飛ばされ怪我をするかもしれないと怖くなる。

「マリア!」

 目を閉じひたすら掴まっていると、いきなり名前を呼ばれ風圧が無くなる。

 不思議に思って目を開ければ、セルムに抱き締められていた。

「なぜいる?」

 いつもより低い声音にマリアは顔を上げる。そこには今までに見た事がないほど怖いセルムがいて、ここまでついて来てしまった事を後悔した。

「ごめんなさい」

 しかしセルムの行動が気になったのもあり、どうしても離れたくなかったのだ。

「とにかくここは危険だ」

 セルムから離され辺りを見回すと、視線の先に木の高さと同じくらいの黒竜がこちらを見ていた。

「な、んで」

 友好を深める為では無い事は、黒竜から発せられる殺気で分かる。

『見つけたぞ』

「何?」

 一瞬セルムが何か言ったのかと思ったのだが、彼は黙ったまま隣にいる。

 では誰がと辺りを見回すと、セルムが黒竜からマリアを隠す様に背後に移動させた。

「マリアはここに」

 そう言い捨てセルムは黒竜の側を通り抜け森の奥へと走って行ってしまう。

「セルム!」

 それが黒竜を引き寄せる為だと分かり、マリアも後を追おうとした。

 しかしセルムよりも先に黒竜が立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

『人間のくせに竜に惚れたか』

「え?」

 馬鹿にされたように笑っていたのは目の前にいた黒竜だった。

 しかも訳の分からない事を言っている。

『我は人間になど興味はない。だが邪魔をするなら容赦はしない』

 脳内に直接響く声に頭が痛くなってくる。

 だからかもしれない。

 黒竜が興味を失ったように振り返り、勢いで飛んでくる尾を茫然と眺めている事しか出来なかった。

「マリア!」

 避ける事は不可能で身体を丸めて衝撃に耐えようとし、その尾の下からセルムが信じられない速さで駆け寄ってきて抱き締められる。

 そのまま尾はセルムの背中を殴り、抱き締めていたマリアと共に吹き飛ばされた。

「痛っ!」

 木に激突し、かなりの衝撃を受けたがセルムが庇ってくれた為怪我はない。

 しかし庇ったセルムは地面に倒れ動かない。

「セルム」

 慌てて近付き揺すると、ただ気を失っているだけだった。

 ほっとしたのも束の間、激しくぶつかったのかセルムの背中の服が破れて赤く染まっている。

「私を庇って」

 出血した箇所を探そうと服を破き、マリアは目を疑った。

「鱗?」

 赤い血だと思って触れた背中は光沢のある鱗に似た物で覆われている。

 それが黒竜からの攻撃を守ったのだろうが、マリアには何が何だか分からずじっと背中を見つめていた。

 黒竜がまだ近くにいるのかもしれないが、セルムの事で頭が一杯になる。

「うっ」

「セルム!」

 呻き声を上げたセルムがゆっくりと目を開け、マリアは顔を覗き込んだ。

「大丈夫か?」

 開口一番の台詞にどう見てもセルムの方が怪我をしている事に笑いがこみ上げてくる。

「セルムの方が怪我しているのに」

 そこまで言って背中の鱗らしきものを思い出してしまった。

 あからさまに黙ったマリアに訝しげな視線を向ける。

「どうかしたのか?」

 辺りを見回したセルムはマリアの反応が気になっているらしい。

 このまま無視しようかと思っていたが、気まずい空気のまま行きたくなくて尋ねる決意をした。

「セルム、背中の傷が鱗みたいな」

 そこまで言った瞬間、セルムの表情が強張る。

「見たのか?」

「うん、あれって何?」

 思い出してみると綺麗な色をしていた事しか覚えていない。

 ただセルムの正体が何なのか気になり聞いてみただけだった。

『いつまで話をしている』

「きゃあ!」

 セルムの答えを待っていると、また脳内に重く響き頭を抱える。

「ダークの奴」

 この声が聞こえているはずなのに何の影響も受けていないセルムは、怒りを露わにして上空を見上げた。

 すると黒竜が空を旋回しながら何度かこちらの様子を伺っているらしい。

「何の用があって」

「俺だ」

 しつこく狙われている理由が分からず呟くと、セルムが真剣な表情でマリアに伝える。

「どういう事?」

「これ以上は隠しておけないな」

 悲しそうに呟いたセルムは、黒竜のいる場所を見上げ大きく手を伸ばす。

 そしてマリアの見ている前で霧の様な物が身体を包み込み、その中から燃える火ように赤い竜が姿を現した。

「赤竜?」

 ちらりとこちらを一瞥した竜の目は宝石の様に澄んだ赤をしている。

 マリアは茫然自失の状態で見ているしかなく、赤竜は大きく羽ばたくと空へと舞い上がる。

 上空にはまだ黒竜が停止しており、そこへ突っ込んでいく赤竜によって戦いの火蓋が切って落とされた。

 木々の間から見える二体の竜はぶつかり合い、時折耳をつんざくような鳴き声を上げる。

 セルムの正体が竜なのだと理解し、それでも怖いと思う事なく無事に帰ってくる事を願った。


 いつまでも続くと思われた竜同士の戦いは、父親であるロベルト率いる自警団によって終止符を打たれた。

「マリア、家にいるように言っていただろ」

 一人空を見上げていたマリアの所に現れたロベルトは、竜の戦いを目の当たりにした。

 そして問答無用で村へ連れて帰られ、今は自室に軟禁されている状態だった。

「マリア、セルムさんが帰ってきたわよ」

 帰宅してから二体の竜がどうなったか知らない。状況を把握したかった所での母親の言葉に、マリアは慌てて階下へと降りる。

 そこには今までと変わらない姿のセルムが困ったような笑顔を浮かべながら立っていた。

「まったく二人とも居なくなって。心配したんだから。後は当人同士でどうぞ」

 そう言ってミランダはそのまま二階へ上がってしまい、マリアはセルムと共に残される。

「セルム」

 出て行く前と同じ格好のまま帰ってきたセルムに安心した。

「お帰りなさい」

 セルムが無事に帰ってきたのだから、正体が何であろうと構わない。

 今更尋ねる事はせず、マリアは自室に戻ろうとして階段へ足を向けた。

「話がある」

 背後から声を掛けられても振り返らず、ただ足を止める。

「俺はここを出て行く。今まで有難う」

 何も答えずにいるとセルムから溜め息が聞こえる。

「迷惑を掛けた」

 切なそうな声に慌てて振り返ると、セルムが扉を開けて出て行ってしまった。

「待って!」

 扉が閉じセルムの姿が消えると、本当に何処かへ行ってしまうのだと実感した途端いてもたってもいられなくなる。

 勢い良く外へ飛び出すと、驚いたセルムが立ち止まっていた。

「マリア?」

「居なくなるって私が正体を知ったから? だから私の前から消えるの?」

 一気に気持ちを吐き出したマリアに押されたように、セルムは何も言えず目を見開いている。

「それもある。それに」

「それに?」

 言葉を濁したセルムは黙って立ち去ろうとしていた。

「セルム!」

 続きを言わず歩き出したセルムに、マリアが慌てて背中の服を掴んで引き留める。

「好きなの」

 囁くように気持ちを伝えると、セルムがピクッと反応する。

「ずっと好きだった。セルムの正体が竜だとしても変わらない」

 じっと聞いているのか身動きせず、今セルムが何を考えているのか分からない。

「だから行かないで」

 ぎゅっと掴み、泣きそうになるのを必死に我慢する。

 母親の言葉から自分の気持ちを理解し、やっと伝える覚悟がついたのに別れる事なんて出来ない。

「俺も好きだ。でも竜と人間の恋なんて叶うわけがない」

「それって」

 冷静になって考えてみればお互いに両思いな訳で、ただ竜と人は無理だから諦めるとセルムは言っているのだ。

「叶わないって誰が言ったの?」

「誰って不可能に決まってるだろ?」

「どうして?」

 一歩も引かないマリアにとうとうセルムが黙ってしまう。

「試してみなくちゃ分からないんじゃない?」

 ここで強気に出たマリアにセルムは困ったように振り返る。

 マリアも引けなくなってしまった手前、負けたくないという気持ちが強くなる。

「本気か?」

「勿論」

「俺は竜で一族を率いている立場なんだ。それでもいいのか?」

 そこでセルムの正体と共に立場まで知る事になった。

 それでも諦めたくないと思ってしまう。

「セルムが迷惑だって言うのなら諦める。ただ私は迷惑を掛けられたなんて思わない」

「マリアには負けたよ」

 降参したように手を上げ、セルムが苦笑いを浮かべる。

「まだ出ては行かない。ただし気が変わったらいつでも言ってくれ」

 マリアを追い抜き家へ戻っていくセルムに、嬉しく思いながら後を追った。


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[良い点] 情景や世界観をつかみやすい入り方は好感を持てます。 [気になる点] 徐々に書き方が雑になっていく部分があり、その中でも目立つのが説明に人物の名前を出し過ぎている気がします。人物の名前を出す…
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