3、 8月13日・見る阿呆。かと思ったらやっぱり踊る阿呆でした。
先ほどまでの豪雨はそれほど待つこともなく、しばらくするとすぐに過ぎ去ってしまった。
とはいえ降ったり止んだりの繰り返しなので、あまり気は抜けないが。
「んー、どうしようかな。また降ってきたらうっとーしいし。今のうちに帰ろうか」
「でも踊りは再開したみたいだよ。せっかくだしもうちょっといればいいじゃんか」
聞こえてくるアナウンスによると、きょーこの言うようにまた始まっているようだ。確かに年に1度のお祭り。今年来れるのは今日だけで、来年以降も来れるかどうかわからない。ならば少々無理矢理居座るのも手かもしれない。
「それもそうだな。んじゃせっかくだし、もうちょっと見ていこうか」
再び会場に戻り、濡れたベンチに腰を下ろす。ズボンもすでにずぶ濡れなので、今更濡れるのなんて全く気にならない。というよりこれ以上濡れることなんてない。
見ていると、次から次へと様々な連が様々な阿波踊りは披露してゆく。手を挙げて足を運べば、というように基本はどこの連も同じはずなのに、それぞれが少しずつ違った個性を持っていて、同じ踊りを見続けているはずなのに飽きることがない。踊り子の年齢も様々で、じいちゃんばあちゃんばかりの連もあれば、幼い子供が踊っているような連もある。
「おいくらう! あそこにくらうの大好きな幼女がいるぞ!」
「はは、言われるまでもなくバッチリ見てるぜ! 来て良かった!」
そうして舐めるように幼女を凝視していることしばらく、どうやらついに終わりの時間が近づいてきてしまったようだ。楽しい時間が過ぎるのは早いものだ。
最後の連の踊りを眺めていると、不意に場内アナウンスが最後に似つかわしくない弾んだ声で観客に告げた。
そしてその声に反応して、観客席と演舞場との仕切りが一部、開かれたのだ。
そう、最後に、みんなで一緒に踊りましょうという粋な計らいがまだ残っていたのだ。
「マジか! 見るだけの気だったけどラッキー! もう1回参加できる!」
くらうは弾んだ足取りで演舞場へと身を躍らせた。降ったり止んだりの雨も、今は観客の熱気に圧されてかすっかりその勢力を失い、大人しくしている。
「やったな! な、あたしが残るように言ったおかげだろ! 感謝しろよ!」
その通りといえばその通りだが、きょーこにそんな言われ方をすると腹が立つ。
しかし今日は楽しいお祭りである。そんなことで腹を立てても仕方がない。瀬戸内海のように心の広いくらうは、きょーこの脳みその薄い発言を寛容に許し、嬉々として演舞場へと足を向けた。
やはり祭りを楽しみに来た人々ということか、会場にいた人のかなり多くが演舞場へと足を踏み入れている。
くらう含む一般の人々の前には先程の連の人たちがおり、太鼓に鐘を鳴らして「やっとさー、やっとさー」という独特の掛け声の下、にわか連よりもさらに統一のとれない、しかしやたらと楽しそうな空気感のなか、人々は手を挙げて足を運んで好きなように踊り始めた。
恥ずかしそうにおずおずと踊っている人もいれば、陽気にリズムにのって足を進めている人もおり、てんでリズムがずれているけれど楽しそうな人もいれば、なんかどう見ても流れに沿って歩いているだけの人もいる。
くらうとしてはやたら腰の低い姿勢で豪快に踊るおっさんがやたら目を引いたのだが、なんとも自由気ままな阿波踊りは見ていて、そしてその集団の中で踊っていてとても楽しかった。
先程と違って練習は一切行っていないのだから、統一感の無さはにわか連以上。だけどその熱気は負けず劣らず。
きょーこも踊りの熱に浮かされ、くらうの頭の上でちょこちょこと快活な踊りを繰り広げているようだ。なぜ頭上の光景がわかるかというと、作者特権だ。
そして今度こそ本日最後になる阿波踊りは、盛大な盛り上がりのもとついに終わりを告げた。
にわか連の時のようなハイタッチは起こらなかったものの、知らない人同士の一体感はなかなかのものであった。
最後まで踊ることができて、それだけでくらうは大満足だった。
徳島の一大イベント阿波踊りはこうして、雨の猛威にも負けることなく盛大に幕を閉じたのであった。