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1、 8月13日・徳島へ

「というわけで、季節は夏ですよ」

「まあ、祭りの時期だもんな」

 香川と徳島の県境、そのちょっとした休憩場所で足を休めながらくらうは海を眺めていた。

 休憩場所、とはいっても特に何があるわけでもない、小さな駐車場と簡素な案内板、そして小さなベンチがいくつか設置されているだけの場所である。目の前には広大な海が広がっており眺めは良いが、売店などの建物は何もない。

 くらう宅からはおよそ40kmほどのこの場所は、以前四国一周をした時もちょうどよい中継地点として足を休めたものだ。

 石のベンチに腰をかけると、海沿いだからか、ベンチの根元にさばりついていた大量のフナムシがどしたのわさわさ! と一斉に散らばっていく姿に鳥肌を立てる。

「うおおっ、さすがに気持ち悪いだろこれは‥‥」

 初っ端から戦意をそがれる光景である。視力があまりよくないくせに裸眼のくらうには、違うとわかっていてもその黒っぽい姿と動きから、どこかアレを連想させるので非常に気持ち悪い。

「あはは、すげえゴキブリっぽいな」

「あえてぼかしてんだからわざわざ言うなや!」

「なんだよ、別に言ったところでどうでもいいだろ」

「嫌いなの! 見ただけで血の気が引いて立ち向かうと足がプルプルするくらい嫌いなの! 対戦中は脂汗とかすんげえ勢いで出てくるから!」

「‥‥情けねえこと叫ぶなよ」

「うるせえ。もういいから先行こうぜ!」

 足も十分に休ませたので、くらうはこれ以上何か言われる前に再び愛車にまたがった。

 長距離の自転車旅行である。自転車はもちろん、綿密にチューンされたスタイリッシュなロードバイク――ではない。タイヤのサイズは20インチ。小柄な青いボディにシンプルなデザイン。くらうの愛車、折りたたみ自転車だ。名前はエミリア。なぜ名前がついているかというと、くらうが変態だからである。

 四国一周の時からこのチャリで走っていたのだが、なぜロードバイクではなくあえてこんなチャリで挑んでいるかというと、くらうが変態だからである。一応六段の変速はついているが、普通はこんなチャリで何百キロも走ったりはしない。つまり、くらうは変態である。

「なあ、場所ってどこなんだ?」

「徳島市街だよ。前モゲん家泊まったろ。そのすぐ近く」

 ちなみにモゲとは、くらうの高校時代の友人の名前だ。

 ここで驚くべき事実を発表しよう。なんとモゲとは――本名でなくあだ名である!(ドドン!)

 紆余曲折あってこのような残念なあだ名を定着させてしまった彼であるが、そんなあだ名をいったい誰がつけたというのか。とてもヒドイ話である。‥‥さ、さあ、そんなことするやつはいったいだれなんでしょうね。皆目見当がつきませんなあ‥‥。

 とにかくくらうは再び徳島市に向けて走り出した。

 目的地まで70~80kmとそれなりに長距離の走行ではあるが、ここは前回の四国一周の時にも通った道。しかも今回は鳴門海峡には立ち寄らないので、前回よりもかなり楽だといえる。つまり別段苦労することもないので、残念ながら特筆すべきことはなにもない。

 自転車旅行のお話のはずなのに自転車で走っている間のことを「何もない」と言いきってしまうのもいかがなものかと思うが、まあそこは番外編ということで、大きな心で受け止めていただきたい。


 というわけで、自転車で走った数時間をすっ飛ばして、場所は徳島市モゲ宅である。

「おじゃましまーす。突然ごめんなー」

「んー、別にええよー」

 と、旧友と気楽な挨拶をかわしながら、しかしくらうは1つの懸念を抱えていた。

 ――これでもかというほど雲行きが怪しいのだ。

 実のところ、天気予報によると本日の天気は夕方から雨。到着した現在まではどうにか耐えてくれているものの、これから降り出す可能性は、空を見る限り非常に高い。

 開始時間までモゲと2人でヒトはなぜ生まれ、どこから来てどこへ行くのか(もちろん性的な意味で)について深く語り合っていることしばらく。

「くらうー、降ってきたよ」

 ぼけっと外を眺めていたきょーこがのんきな報告をしてきた。

「うあー、まじかー」

「もう明日にした方がいいんじゃない?」

「いや、明日は岡山だから。明日は明日で別の祭りがあるからそっち行かないと」

「‥‥そういやそんなこと言ってたな」

 調べてみると阿波踊りは雨天中止となっている。しかしそうは言っても徳島市あげての一大イベントだ。少々降り出したからといって、即座に中止の決が下ることもないだろう。

「しゃーない、止むことを祈るか‥‥」

 開始時間まではまだもうしばらく時間がある。こうなってはもう、止むことを祈る以外にできることなどない。

 そして開始時刻まで待つことさらにしばらく、そんなくらうに――奇跡が起こった!

「おおっ、外見てみろよ! 雨が――小降りになってる! よし行こう!」

「それでも降っとんのによー行くわ‥‥」

 若干モゲに呆れられながらも、くらうは小雨のなか自転車で(←今自転車旅行してる)市役所前へと向かった。


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