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印象

作者: 孤月白露

はじめに、この物語に意味などないことを知っておいてもらいたい。

幼い頃からの夢を掴み取った少年の話でも、

一生をかけてひとりの男を愛し続けた少女の話でも、

長年寄り添い歩んできた夫婦の不倫の話でも、

戦へ向かい望みもしない名誉を勝ち取った青年の話でもない。


これは、ある日突然失踪した男性へ思いを馳せる、ひとりの女性の回想である。




夕方の5時、仕事を終えて疲れた太陽が真っ赤な顔で街を照らしながらゆっくりと沈んでいく。

まだ忙しい街にしては珍しく、その道に伸びる影はひとつだった。


こぉん、こん、こん、こぉん。

少し高めのヒールとコンクリートがぶつかりあい奏でるのは、口にボールを含んだようなまあるい音だ。

なれたように住宅街を歩んでいく女性は、夕日に目を細め、肩までの黒髪を踊らせていた。

こん、こぉん、こぉん、こん、こん。

陰はひとつだけのびている。

こん、こぉん、こん、こん、こん。

まっすぐ前をみていると、踏切がみえた。歩む速さは変わらない。


かんかんかん。

命の危険を思わせる音とともに足を止めようとする障害物。歩む速さは変わらない。

うおおおおん。

電車特有の、大人になった男性が叫び泣くような音がする。電車は近い。歩む速さは変わらない。

ああああああ。がたん、がたたん。

通り過ぎる電車の音。歩む速さは変わらない。



電車を見ると思い出す。あの男のことだ。

あの男、だなんて呼んでいるが特に親しいわけではなかったし、せいぜい会ったら会釈するくらいだった。

同じマンションのひとつ上の階に住むあの男は、私の出勤時間と同じ時間に家を出ていたのでよく鉢合わせた。

エレベーターで一緒になると重苦しくなるあの空気はいつまでもなれない。

おはようございます。あ、おはようございます。

変わらない会話。当たり前だが。


あの男は私から見ても近所のおばさんから見てもいたって普通の男性だった。

普通のサラリーマン、適度な近所づきあい、たまに酔っ払って帰ってくることもあった。

ただ、なんとなく。感覚の問題なので伝えづらいが、どこか危ういところが見受けられた。

だからといって家までいって何か悩み事でもあるのですか、なんて聞きに行くタイプでもないので知らないふり。そんなものだろう。


ああ、そうだ。電車にひかれるような人だと思ったんだ。

ぼうっとしてたらひかれるような。普段は目立たないくせに最期だけは目立ちそうだと。

だから電車を見ると思い出すのかもしれない。

あの男は今、このマンションにはいない。でも家具は置いてある。

いわゆる自分探しの旅、とやらにでも行ったのか知らないが、勝手に電車にひかれたと思っている私がいた。



こぉん、こぉん、とん、とん。

マンションに着くと響く音が変わる。

オートロックの扉を開け、エレベーターに向かうと、男性が立っている。


「あ、こんばんは」

「……こんばんは」


小説などこんなものだ。

意味のない再開に意味のない再会。物語の幕など開くわけもない。

それでも『何か』を期待してしまうのは女の性とでもいうのであろうかと、どこか客観的にそう思ったのであった。

突発的に思い立った話ですので、無意味すぎてすいません…。


なんとなくこの女性のように自分の中では物語の中心、相手の男性にとっては世界の端にもいないように思われているなんてこともありそうですよね。

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