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桜下白鬼伝  作者: 良田めま
第二章 手招きする女

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8/11

 人口十万人に満たない壱美(いつみ)市にある、とある住宅街。築数十年の古い民家が立ち並ぶ中、新築住宅もぽつぽつと建てられているこの辺りは昼でも静かで、夜ともなると街灯の明かりさえ飲み込むような暗闇と静けさに包まれる。


 電柱の裏。公園の奥の暗がり。ミラーに映る家の影。

 そういった人の目の届かない場所には、必ず何かが潜んでいる。

 多くの人間はそのことに気付かないまま通り過ぎるか、あるいはうっかり踏み込んでしまうか。

 ()()はひっそりと待っている。

 誰かが一線を踏み越える、その時を。



 * * *



 深夜と呼ぶには早く、薄暮と呼ぶには遅すぎる。

 駅へと突っ切る住宅街の道路を、二人の男女が歩いていた。近すぎず遠すぎずの距離感を見るに、友人か同僚といったところだろうか。時折軽やかな笑い声を挟みながら会話する様子は、互いに親しみを抱いていることを感じさせる。もしかすると、それ以上の関係に踏み込もうとしている最中なのかもしれない。

 不気味なほど静かな夜道だが、二人の周囲だけは蝋燭の火のような温もりがあった。


 彼らの足取りに淀みはなかった。

 その十字路に差し掛かるまでは。


 先に足を止めたのはどちらだったか。

 はっと息を呑む音が隣から聞こえた。

 街灯の明かりが曲がり角を照らしている。そこだけスポットライトを浴びているかのように、ぽっかりと白い。

 だから、ソレがよく見えた。


 手だ。

 小袖から伸びる、ほっそりとした女の手。曲がり角からにょきっと生えて、ゆっくりと上下している。――まるで手招きするかのように。


 男と女は、どちらからともなく顔を見合わせた。

 気味が悪い。

 だが、悲鳴を上げて逃げ出すほどでもない。

 かと言って無視して通り過ぎることもできず、戸惑っていると……。


「お前とお前、どっちが大事?」


 少し嗄れた女の声が、小袖の先から問いかけてきた。

 思わず、男は不審そうに眉をひそめる。


「は?」

「お前とお前、どっちが大事?」

「…………」


 二人は再び戸惑い気味に視線を交わした。

 どうやら、この妙な女はどうしても質問に答えさせたいらしい。

 「お前」という二人称を重ねているせいで変な文章になっているが、まあ意味は分かる。だが、そんな質問をする意図が読めないし、答える義理もない。というよりも、いきなり不躾な質問をされて腹が立っていた。


 女は男の袖をぐいっと一度引っ張った。

 不安を感じているのか。

 ――ここは男を見せる時だ。

 男は背中を押されるようにして足を踏み出し、女を背に庇った。


「変なこと言う人だな。悪戯なら警察を呼びますよ」


 不審者であることは明らか。ならば、善良な一般市民がすべきは通報だ。彼女を守るためにも、自分が壁にならなければという使命感が彼を突き動かす。

 だが、次の瞬間。


「ケケケケケケケケケケ!!!!」


 鳥のようなけたたましい哄笑が住宅街に響き渡った。

 女は真っ青な顔で連れの男に縋り付く。が、同じくらい男の顔も真っ青になっていた。だが女よりは冷静で、ポケットの携帯電話を手で探る。目は小袖の手から離れない。離せない。

 ようやく気が付いたのだ。

 この女は人間ではない、と。

 怪異など見るのも出くわすのも初めてだったため、まさか自分がという思いがあった。


「答えろ。答えろ。お前とお前、どっちが大事。答えてみせろ!」


 恐怖に耐えられず、女は悲鳴を上げて男に抱きついた。その拍子に、せっかくポケットから取り出した携帯電話を地面に落としてしまう。男の視線が携帯電話と笑う手とを行き来するが、結局動けずに立ち尽くす。足がみっともなく振るえていた。

 どうしよう。どうすれば助かる?

 そして、選んだ答えは――




 数日後、二人の家族が警察に行方不明届を提出した。

 彼らは勤めていた会社を同時に退勤したあと、とある住宅街で姿を消した。二人とも自宅に戻った形跡はなく、半月経った今でも行方を示す手掛かりは掴めていないという。



 * * *



 よく晴れた青空が広がる、こんもりとした小高い山。

 壱美市の中央に聳えるこの山は桜馬山と呼ばれ、かつては誰も足を踏み入れてはならない神域とされていた。

 だがその伝承も廃れ、誰からも忘れられた今はぽつんと寂しく佇むのみ。

 その中腹にて。


「むぅん!」


 しっかりと両足で踏ん張り、両の掌をまっすぐ前に向けて息張る少女の姿があった。

 薄手のTシャツに黒のレギンスという軽装。長い髪は後ろで一つに括り、夏の暑さで薄っすらと汗ばんだ顔には黒縁眼鏡を乗っけているが、サイズが合っていないのと汗のせいとで次第にずり下がってきている。眼鏡は、百均で調達した伊達眼鏡だ。つい最近まで度の入った眼鏡を使っていたがそれも必要なくなってしまい、今は入院中の母を欺くためだけに掛けている。


 彼女の名前は由良凛音。夏の初めに、半鬼として新たな人生を歩みはじめた女子高生である。

 そして、もう一人。


「力む必要はなイぞ。凛音」

「分かってる、縹さんはちょっと黙ってて」

「ム……」


 切羽詰まった凛音に突っぱねられ、無念そうに口をへの字に曲げる巨躯の男。

 彼の名は縹。夏の初めに、百年追いかけた妻子の仇討ちを果たせなかった鬼である。


 二人が何をやっているのかと言うと、修行である。正確には凛音だけだが。縹は凛音の監視という名目上、傍にいなければならないのだ。

 力む必要はないとアドバイスされたにもかかわらず、凛音は相変わらず顔を真赤にしていきんでいる。左右の人差し指と親指をくっつけて三角形を作ったり、片方の手でもう片方の手首を掴んだりと色んなポーズを試しているが、そもそも縹には手を突き出す意味が分からない。凛音の視線の先には、彼女の頭の三倍はあろうかという岩が鎮座している。それを異能で吹き飛ばすのが目下の課題なのだが……なぜに、手?


「……凛音。その手ハ、なんダ?」

「ビーム!」

「びぃむ?」

「出ないかと思って!」

「…………?」


 百年山籠りしていた縹は横文字が苦手だ。当然、凛音が口にした「びぃむ」とやらもさっぱりである。だが、たぶん凛音よりも鮮明に現実が見えていた。


「出なイと思うガ……」

「ふんっ! くうっ! むぅぅん――ええいっ!」


 気合の入った、しかし聞く方からすると気が抜ける掛け声と共に、パァンと紙火薬が破裂するような音が弾けた。


「やった!?」


 汗だくの顔が喜色に染まる。

 標的である岩からは一筋の白煙が立ち昇っているものの――


「傷一ツ、ついていないナ」

「そんなあっ」


 爆発はおろか風穴が空くこともなく、それどころか焦げ跡すらない。

 確認した縹が無情にも真実を伝えると、凛音はすとんと地面にへたり込んだ。


「だめだぁ。全然上手くいかないよぉ。息吹の知識はあるのに、どうしてできないんだろう」


 自分の掌を見下ろして嘆く凛音。そのしょんぼりした様子に、縹は息子の在りし姿を重ねた。魚が上手く獲れず、しょっちゅう悔しがっていたものだ。

 力になってやりたい。幼子の手を引くのは大人の務めなのだから。


「助言になルか分からないガ……」


 と、前置きして。


「お前ニ足りなイのは霊力操作の修練ダ。身の内ニ流れる"霊力"ヲ感じ取リ、手足の如く操ル。鬼やあやかし、それニ討魔士は自然トこれヲやっていル」

「霊力の流れってどんな感じ? 腕を振れば出てくる?」

「手足の如く操ル、であッて、手足を動かスのではなイ。まずハ霊力ヲ感じルところからダ」

「どうやってやるの?」

「……分からン。俺は生まれタ時から自然トできていたからナ」

「ぐあああ! これがプロとアマの違いかっ!」

「ぷろ……?」


 自棄っぱちに叫び、バタンと背中から倒れた。

 はあー、と肺から息を出す。

 青い空がとってもきれい。このまま現実逃避と行きたいところだが。


(あんまりぼけっとしてられないんだよねぇ)


 無心で空を眺めていられる穏やかな時間は、今の凛音に許されていない。


 凛音は後天的に鬼となった。ただし、半分だけだ。実のところ、何を以て"半分"なのか凛音自身よく分かっていないが、あまり深く考えたことはない。何百年も生きているという本物の鬼が言うのだからそうなのだろうと納得するだけだ。


 凛音が持っている霊力は、もともと息吹という鬼のものだった。だが、"半分だけ"なせいか、霊力の同化が中途半端なのだ。テレビゲームに例えて言えば、レベル50のキャラクターに呪いがかかってステータスの大部分が封印されているような状態だ。早く呪いを解かなきゃと、もどかしさばかりが募っていく。


「鬼になんか、なりたくてなったわけじゃないのになぁ」

「…………」


 思わずぼやくと、縹はじっと押し黙った。凛音は視界の端でそれを見て、後悔する。


(しまった……。縹さんに悪かったかな)


 なんか、だなんて、鬼である彼の前で言うことではなかったかもしれない。人類にとって鬼は生命を脅かす天敵だが、彼らは彼らで生きている。全ての鬼が人間を食べるわけではない。未だ人間としての意識が強い凛音は、その辺りを忘れがちだ。自分もそちら側に踏み込んでいることを、本心では納得していないのだろう。


(だから、鬼の力を使いこなせないのかな)


 ばつの悪さから、凛音もまた口を閉じた。

 どうやって謝ろうかとウジウジ悩んでいると、


「学校とやらハ、行かなくテよいのカ?」


 縹の方からそんな話題を振ってきた。

 凛音は内心ホッとしながら、


「学校は夏休みだよ。暑いから休業中なの。代わりに死ぬほど課題が出るけどね」

「死ぬのカ。ソレは大変だナ……」

「やだな。本当に死んだりしないよ」


 本気で憐れんでいる縹に、声を立てて笑った。


(よかった。あんまり気にしてないみたい)


 縹との付き合いはほんの二ヶ月程度。長いか短いかは個人の受け取り方次第だが、凛音は長い方だと思っている。少なくとも、一緒にいる時間の密度は誰よりも濃い。

 ……というよりも、他の人、主に学校の友人たちと同じ話題で盛り上がるのが怖くなった。

 凛音はもう人間ではない。人からすれば忌むべき鬼だ。もしも周りに正体がバレたら、今まで通りの生活はできなくなる。それどころか、全てを失うだろう。学校も、友人も、母親も。

 そう考えると、不安で不安で堪らなかった。縹といる時は辛い現実を、忘れることはできなくても遠ざけることができる。


(悪いことばかりじゃ、ないんだけどね……)


 その時、ひゅおおっと旋風が吹いた。

 地表で渦を巻く草葉の音に、凛音は慌てて起き上がり姿勢を正す。

 数秒も経たずして――


「楽しそうですね、二人とも。随分と仲良くなったようで」


 旋風の中から、艶やかな黒の着物に身を包んだ美女が現れたのだった。

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