98話 昆布と船酔い
天文13年(1544年秋)――13歳
蝦夷にするか、琉球にするか――うーん、どっちがいいかな?
南国も捨てがたいけど、今回はあえての北ルートでいこう。寒さ? まあ、それは着込めばどうにかなる!
というわけで、最終決定! 行き先は蝦夷、つまり北海道!
べつに観光じゃないよ? これはれっきとした――ビジネス出張です。あしからず。
たしかに、琉球のサトウキビから作る砂糖は魅力的。でもね、ビーツからだって砂糖は取れる。つまり、砂糖は将来どうにかなる。
今、注目すべきは――海の幸。
中でも俺の狙いは、ズバリ「昆布」だ!
この時代、海運はまだまだ発展途上。そんな中で蝦夷産の昆布は、まさに“超・高級品”。乾燥すれば保存も効くし、何より軽い! 運ぶ側に優しい物流の星。
これを松坂に持ち帰って、商社・正直屋にズドンと売ってもらえば――
はい、間違いなくバカ売れ確定。
……うん。これは儲かる匂いしかしない。
冷たい北風の先に、ホカホカの大儲けが見える気がするぞ。
蝦夷に行くのは、ただ昆布を仕入れてガッポリ儲けるためだけじゃない。
今回の旅には、もう一つ大事な目的がある――それが、日本丸の長距離航海訓練!
何ごとも“ぶっつけ本番”はダメだからね。訓練、大事。めっちゃ大事。
というわけで、今回は日本丸5隻を連ねての、いざ北海道ツアー。
とはいえ、初航海でいきなり太平洋のど真ん中は無茶なので、念のため、できるだけ陸が見える航路を選んで進むつもり。
それと、海賊たちにはちゃんと命令を出しておこう。
「毎晩、北極星の仰角を測って緯度を記録せよ!」――とね。
……まあ、旅行気分に浸るのは俺だけでいいのさ。キミたちは訓練、訓練、また訓練。
蝦夷行きの話を聞きつけた妻たち、小姓たち、若手武将たち――
そろいもそろって「行きたい! 行きたい! 絶対行きたい!」と大騒ぎを始めた。
……おいおい、これは観光ツアーじゃないんだぞ。
まあ、テンション上がる気持ちはわかるけどさ。
でもね、ひとつだけ忘れちゃいけない現実があるんだ。
船――あれ、酔うんだよ。辛いよ!
というわけで、現実を知ってもらうために企画しました。“ミニミニお試し航海”!
伊勢から5kmほど沖に出て、さっとUターンして戻ってくるだけの簡単コース!
俺はどや顔でこう言い放ったわけよ。
「酔うやつは置いていくからな!」
……ここまでは完璧だった。そう、ここまでは。
――で、結果。
酔ったのは俺と軍師(勘助と幸隆)だけだった。
なんでだ。なぜ俺たちだけがこうなる。
チマチマ細かいことばっか考えてると酔うのか?
いや、たぶんただの体質だ。うん、そういうことにしよう。
とはいえ、超恥ずかしい。
スキルを使って、船のデッキでこっそり船酔いを治しても、5分後には再発。
治す、酔う、治す、酔う……無限ループ突入!
最終的には“魂抜けたフラフラ状態”で、デッキの上をよろよろ歩くしかなかった。
(……もうさ、蝦夷行き……やめとこっか?)
前世ではフェリーに乗っても、まったく酔わなかったんだけどなぁ……。
なんでだ? 体質が変わった? 年のせい? それとも――あれか?
フェリーには“揺れ防止の制振装置”みたいなのがついてたとか?
いや、もしかして帆船って、揺れ方にクセがあるのか?
“ねちっこく揺れる”とか。
でも俺が酔ったからって、「やっぱ蝦夷はナシで!」なんて言えるわけもなく……
しょうがないので、軍師2人と“お試し航海”を追加で5回ほどこなした。
結果:心身ともにボロボロ。
まわりの皆なは、あからさまに目をそらしてた。
優しさが逆にツラいんだってば。
そこからはもう、意地と根性の“サバイバル航海”。
最初は船の揺れに翻弄されながら、5回目にはようやく――酔わなくなった!
慣れってすごい。人間ってすごい。俺たち、えらいだろ!
軍師もホッとした顔してたし。そりゃそうだ、なんといっても立場がない。
戦で言うこと聞いてもらえなくなる。
俺? 誰もいない部屋で、静かにガッツポーズを決めたよ。
指先プルプルしながら、小さく「勝った……」ってつぶやいた。
……ちょっとだけウルッときた。
涙は、努力の味ってやつだな。
よく考えたら、船に乗せられる人数と荷物には限界があるんだよね。
積む荷物はというと、食料と水は当然として――
まずはアイヌさんへのお土産でしょ。それと物々交換用の商品も準備しないといけない。さらに、途中で寄港して補給させてもらう北条家への手土産も必要。
で、帰りはというと――干した昆布に鮭、海産物をこれでもかと積んで帰りたい。
だってこれは“ビジネス航海”だよ。儲けが命なの!
結局、俺のほかに護衛の兵300人、オヤジ連中と特殊部隊が200人。
それに「何事も経験だ」と言い訳しながら、護衛役の藤林保正、小姓組の木下藤吉郎と真田信綱、若手武将の工藤祐長、森可成をお供に連れていくことにした。
妻たちには、「北条家や蝦夷で何があるかわからないから、今回はお留守番で」と丁重に、丁重にお願いした。納得してくれて助かった。
軍師には来てほしかったんだけど、「忙しいから無理」と目を伏せたまま逃げられた。
まあいいさ、あいつらとは苦労を共にした仲間だ。気持ちは……すごく分かるぞ。
そうそう、信長は伊賀と伊勢を見て回って勉強中だったけど、大急ぎで帰還してもらって、日本丸にご乗船いただくことにした。
「おぉ、行けるのでござるか!?」とめちゃくちゃ嬉しそうだったな。
信行の一件で嫌な思いをしただろうし、良い気分転換になるはず。
それに、北条家の重臣たちやアイヌさんたちと顔つなぎしておくのも、将来きっと役に立つだろうしね。
北条家への寄港の件なんだけど――
志摩衆は自信満々に言うわけよ。
「途中での寄港など、まったく不要!」と。
いやいやいや、初の長距離航海でノンストップって、無茶でしょ?
そりゃ海の男たちは慣れてるかもしれんけどさ、俺は無理。
――途中で、俺を休ませろよ!
で、急遽北条家に話をつけないといけないんだよ。そんなときに頼れるのが、あの山科のオッサン。
北条家の小田原港への寄港許可、何とか取ってもらえないかと打診してみた。
……まあ、どうせまた銭をむしり取られる未来は見えている。
でも今は、背に腹は代えられん!
そんな中、絶妙なタイミング――いや、たぶん金の匂いを嗅ぎつけたんだろうな?
山科のオッサンが、ちょうど松坂に来てたんだよ。鼻がいいというか、高精度銭センサーが常時作動してるのか?
でも、これはチャンス! 仲介をお願いすると、2つ返事で「お任せくだされ!」と即OK。
……が、問題はそのあとだった。
「麿も乗りたい、麿も乗りたい!」とまさかの駄々っ子モード発動。
声がデカいし、なぜか2回言うし、うるさいことこの上ない。
仕方なく、「いいですよ、ただし小田原までですからね? 小田原まで! 絶対! 小田原・まで!」と念押し3連発。
それでようやく「うむ、しかと承知した」とご機嫌モードに。
……ほんと、面倒くさいオッサンだよ、まったく。
山科のオッサンから北条家への依頼文だけど、船便でチンタラ送ってたら時間が掛かりすぎる。
ってことで、 “上級忍者特急便”に働いてもらった。オッサンに書いてもらった依頼の文を、即座にダッシュで運んでもらう。
なんせ、忍者には走りに特化した“足の達人”がいるのだよ。まさに“配達のエース”。
いやはや、多彩すぎて感心する。忍者って、ほんと便利。
戦国が終わったも就職先に困らないだろうな…… “正直屋郵便”とか“正直屋宅急便”を作る予定だ。
やっぱり忍者って最高!




