94話 一向宗の聖地と大津波
天文13年(1544年夏)――13歳
いつものように、“くの一お姉さんたち”が、この城を治める領主とその重臣たちの籠絡を始める。
そして一度籠絡してしまえば、彼らに暗示をかけて“熱心な一向宗の信者”に仕立て上げていく。
もはや御仏のお告げがあったりすれば、涙を流して喜ぶほどの、筋金入りの信者になっているらしい。
今は次のステップ――“長島に大波が来る”という話を、心の底から信じ込ませる段階だ。そして最後の仕上げとして、彼らに“御仏からのお告げ”が下る。
その内容は――
「長島から逃げてくる信者を救うのだ。お主の領地が一向宗の新たな聖地とせよ」
――というものだ。
ここでも、くの一お姉さんたちの働きは絶好調だ。
あともう一押し、よろしく!
“熱心な信者”に変貌を遂げた領主と重臣たちは、“ありがたいお告げ”に舞い上がる。
「我こそは長島の信者を救う聖人なり!」と勝手な使命感に酔いしれていく。
そして長島と同様に、当主も家臣も、互いに暗示を掛け合うことになる。
もはや疑う心など、かけらも残らなくなっていく。あるのは、自分が神に選ばれたという恍惚感と満足感だ。
……本当に、時代を問わず“暗示”って恐ろしいね。
俺が言うのもなんだけどね……。
バカバカしい話ほど、なぜか人は簡単に信じてしまうものなのだよ。
領主は、ついに行動を起こす。
「御仏からお告げをいただいたのでお知らせする。長島に大波が来る。信者の方々は一刻も早く我が領地へ避難されよ。我が地を一向宗の聖地とすべく準備を整えておる」
そういう文を、何度も長島の坊主たちに送りつけているのだ。
長島の寺と縁もゆかりもない美濃の領主が「長島が大波に沈む」と言ってきたことで、坊主も信者も「長島が大波に沈む」ことを確信してしまう。
「それ見たことか!」
「お告げに従わねば!」
「御仏の言葉を信じるのが信者の務めだろ!」
我こそ御仏に愛されようと、大声で叫び始める。
「絶対に長島に大波が来るぞ!」
「御仏の教えに逆らってはならぬ!」
「仏罰が下るぞ!」
……まあ無限ループだ。仕方ないよね。騙されやすい体質だから。
一向宗では「御仏の言うことを聞かぬ者は地獄に堕ちるぞ」と日頃から信者を“洗脳”している。我らは、その“洗脳の論理”をちょいと拝借しただけにすぎないのだよ。
人間というのはね、大がかりで手の込んだ“騙しの仕掛け”に対しては、なぜか疑いの目を向けなくなる習性がある。
(こんなに手間をかけてまで、嘘をつくはずがな〜い)と勝手に思い込んでしまうのだよ。
しかも日頃から、“理屈じゃない。ひたすら御仏の言葉に黙って従いなさい。信じなさい”などと、 洗脳され続けているような連中ばかり。
こういうタイプの人たちには、大仰な演出と権威の名を借りた言葉――それだけで十分。簡単だよ。
つまり、イチコロってわけ。
ここまできたら、あとは“引き金”を引くだけ。
彼らから冷静な判断を奪い、パニックを引き起こす。
それだけで、長島は勝手に崩壊へ向かっていくってこと。
家臣たちに、長島へ流れ込む河川の上流部を少しずつ堰き止めさせておいた。
また、河川の河口付近には、これでもかというほど大量の火薬を仕込ませておく。
(俺は爆弾をたくさん持ってるからね)
そして――決行の日がやってきた。
日が暮れかけた頃、海底に仕込んだ爆薬を一気に爆破させた。
轟音、揺れ、そして海岸線に生じた波――
忍者たちが「大津波だ〜っ!!」と騒ぎ立てる。
さあ、どうなる?
暗くて状況が見えづらいなか、揺れと轟音、海側から逃げてくる者たちの怯えた表情と慌てぶり。その恐怖が、長島の坊主たちや信者たちにまで感染していく。
このタイミングに合わせて、上流の堰も切った。
川の水位がぐんぐん上がってくるのを見た信者たちは、もう止まらない。
まるで暴走するネズミのごとく、“聖地”を目指して一目散に走り出す。
「大波が来たぞ〜! 逃げろ〜っ!」と叫びながら、皆が我先に逃げる。
逃げる! 逃げる! 逃げる!
松明の火で暗がりを照らしながらも、恐怖で視界が歪む。
薄暗い街道が、不安と焦燥をさらに煽る。
――そして最後のとどめ。
日本丸から迫撃砲を海岸線に向けて40連射!
「長島の信者さん、驚かせてごめん。でもね、血みどろの攻防戦をやるより、よっぽどマシでしょ? お互いに……」
閑散とした長島に残っているのは“忍者撹乱隊”たちだけ。
すぐさま兵5,000人を砦に突入させ、
長島砦の無血占領が――見事に完了した。




