93話 くの一お姉さん作戦、発動!
天文13年(1544年夏)――13歳
長島の攻略については、優秀な軍師たちが知恵を絞り、巧みな策を練ってくれるだろう。彼らに任せておけば、きっと上手くいく。
なにしろ、長島砦には“騙されやすい人間”がゴロゴロいるのだ。それを逆手に取ればいいだけだ。オヤジたちには、腕利きの“くの一お姉さん”たちを揃えるよう頼んでおいた。
とにかく――殺し合いなしで、長島を空にできればそれでいい。
成功の見込みは、ざっと見て70%といったところか。
(成功率は低いが……“殺されても、殺されても、前に出るゾンビみたいな連中”と、正面から戦するより、ずっとマシだ)
俺も、家臣も、兵たちも――皆が心を病むような地獄絵図のような戦など、絶対に御免こうむる。
軍師たちから説明を受け、“くの一お姉さんたち”を長島に次々と送り込む。もちろん、美濃にも派遣しておく。さて、どうなることやら。
思えば、ここぞという時には、いつも“くの一お姉さん”たちが助けてくれている。
華やかで頼もしいその姿に、どれだけ救われてきたことか……。
お姉様方、今回もどうかよろしくお願いします。
今回は特に危険な任務とあって、報酬も通常の倍額に設定した。
それに値する仕事を、彼女たちは間違いなくやってのけてくれるはずだ。
今回のターゲットは、長島に巣くう――金欲・色欲にまみれた、声ばかり大きい坊主ども。その下卑た欲望ごと、くの一お姉さんたちの“色仕掛けと暗示術”でまるっと制圧してもらう。
すでに現地からの報告も届いている。
どこの国でも“坊主”というのはチョロいらしい。
くの一お姉さんたちの十八番、暗示術の成功率はなんと100%とのこと。
――さすが、お姉さんたち。百戦錬磨の名は伊達じゃないね。
暗示にかかった坊主たちは、出会う者すべてに得意げに、こう語り始める。
「拙僧に、御仏のお告げがあったのじゃ。大波に沈む長島から、一刻も早く信者を連れて逃げよ――とのありがたきお言葉じゃ」とまるで自分が選ばれし預言者のように説法する。
しかも、御仏が“自分”にだけお告げを授けたと信じきっている。
「これぞ日頃の修行の成果! ついにこの身が報われたのじゃ!」と大声で自慢げに語る始末。
そんな姿を見せつけられれば、周囲の坊主たちも穏やかではいられない。
(ろくに修行もしていないくせに)
(声がでかい以外に取り柄がないくせに)
(このクソ坊主! 脳足りん坊主! バカ坊主!)
(なぜあんな奴にだけお告げがあって、わしには何もないのか……!)と胸の内は嫉妬と焦りで、ぐつぐつと煮え立つ。
やがて我慢できなくなり、ついに――
「……実はのう、拙僧にもお告げがあったのじゃ。ただ、人前で話すのははばかられてのぅ……」
などと、何食わぬ顔で“嘘のお告げ”を吹聴し始める者まで現れる。
こうなると、 “誰かが、自分たちを騙しているかもしれない”などと、誰も疑わなくなる。暗示にかかった坊主が騒ぎ、嘘をついた坊主が対抗し、その嘘にまた別の坊主が便乗する。
嘘がどんどん積み上がっていく。
虚栄心、対抗心がいくつも生まれ、それにより新たな嘘が生まれる。
暗示の種は目を吹き出し、長島全体を嘘と暗示が覆っていく。
タイミングを見計らい、潜入中の“忍者撹乱隊”たちは、“暗示の種”の拡散に励む。
もう手慣れたものだ。
「知らぬのか……? お坊様の間では、長島が大波に沈む話はもはや常識だぞ……」などと、噂を焚き付けて回る。
やがて砦の中では、信者が数人集まるとこうなる。
「大波が来るぞ! ここにいては危険だ!」
「それ、他でも聞いたぞ!」
「どうも御仏のお告げは本当らしい!」
こうなってくると、最初は疑っていた人たちも、
「疑っていた自分が恥ずかしい」などと感じ始めるのだ。
――“いろんなチャンネルから同じ情報が届く”
――“多くの人が同じことを言っている”
この2つが重なると、人はそれが“真実”だと思い込むようになるのだ。
暗示は、さらに深く――静かに、確実に進行していく。
信者は信者に、坊主は坊主に、無意識に暗示をかけ合うことになる。無意識にね。
長島砦そのものが、暗示という名の泥に沈んでいく。
元より、一向宗の信者たちは“洗脳されやすい”のだ。暗示には滅法弱いのだ。
一方、美濃に派遣したくの一お姉さんたちによる“暗示工作”はこれからだ。
長島から大垣へ向かう途中、ちょうどいい位置にひとつの城がある。
この城は、斎藤道三の家臣が治めている。
長島から遠すぎず、近すぎず、ちょうどよい距離。
今回のターゲットは、この城の領主に決定していた。




