85話 大航海時代への第一歩
天文13年(1544年夏)――13歳
日本丸の数も増え、ようやく“海軍”と呼べる体制の原形が見えてきた。
これからは、“操船技術”だけでなく、“航海技術”のさらなる習得と洗練が求められる。
いずれは、陸影ひとつ見えない外洋――果てしない大海原へと、船出してもらわねばならない。
そのためには、遠洋航行を安全かつ確実に成し遂げられるだけの“航海技術”を備えた、優秀な“航海士”の育成が急務となるだろう。
今この時代は、まさに“大航海時代”の扉が開かれたばかりといったところだ。
命知らずの船乗りたちが、危険を顧みず、幾多の犠牲と引き換えに、未知の世界を地図へと描き出している最中なのである。
陸地が見えない航海で位置を把握する技術――
前世ならばGPSという便利な仕組みがあったが、この時代にはまだ衛星など存在しない。
代わりに、自分の現在位置を知るには、“緯度経度の計測”と“緯度経度が記された世界地図”が必要になる。
実際、大航海時代から近世にかけて、さまざまな方法が模索されてきた。
だが、現在の状況では、この時代より“ほんの少しだけ進んだ技術”を取り入れるのが最善といえる。
“緯度”と“経度”――この二つを測定するには、北極星と太陽を利用するのが現実的だ。どちらも地球から極めて遠くにあるため、常に一定方向を示すと考えられる。
“緯度”については、北極星の仰角を測定すれば算出できる。
問題は“経度”だ。地球は24時間で自転しており、経度の測定には正確な“時計”が必要になる。
具体的には、グリニッジ標準時と同期した時計を航海中も携帯し、太陽が真南に来たタイミングでその時刻を調べれば、“グリニッジとの時差=経度差”を導き出すことができる。
ちなみに、前世の地図では緯度経度は、“北緯○度・東経(または西経)○度”の形式で表示されていた。
この考え方に基づき、緯度経度が分かれば、世界地図上で自分の船の位置を特定することができるのだ。
緯度は北極星の仰角で求めるとして、経度は“精密な時計”を作り、少し工夫すれば何とかなるだろう。
問題は2つ――
1つは、精密な時計を作れても“標準時間”が決まらないこと。
もう1つは、“グリニッジとの関係”が不明であること。
そこで、解決策としてはこうだ。
東京の緯度経度は、“北緯36度・東経140度”。
だったら、俺が創造する時計を“グリニッジ標準時”と見なし、東京の経度差である140度分を補正して運用すればよい。
(正確性はそれなりだろうが、この時代の航海技術と比べれば格段に高い水準になるだろう)
城に戻ったら、神様パワーで強化された“至高の匠スキル”を使って、必要な道具を作るとしよう。
今のところ思いつくのは――
“懐中時計”、“金属製の分度器と定規”、“水準器”、“方位磁針”、“緯度経度が記されていて国名が入っていない地球儀と地図”、といったところか。
懐中時計ができたら、“日本の標準時”を定める必要がある。
職人に日時計を作らせ、“太陽の高度が最も高くなる時刻を12:00”とし、それを基準にしよう。
あとは時々補正を行い、出航前に船の時計を同期させればOKだ。
“仰角を測定するための機器”も、俺が図面を引いて職人に作らせる。
ついでに、グレネードランチャーや迫撃砲を撃つ際、“敵との距離を測る機器”も必要だな。
これは“三角測量の原理”――直角三角形を応用して距離を求めるものにしよう。
こうした道具類の製作は可能だ。
しかし問題は……それらの原理を、学校に通っている志摩衆の誰かが理解できるかどうかだ。
「地球が〜」「星が〜」「仰角が〜」といった話を、どこまで理解してもらえるのかは未知数というか……心配だらけだ。使い方だけを覚えさせても、原理が分からなければ、その先の発展が望めないからね。
もしも志摩衆の中に理解できる者がいなければ、学校全体の中から数学に強そうな若者を選抜するしかないな。学生の数も増えている。1人ぐらいはいるかもしれない。
すでに、志摩衆から選抜した40名ほどを学校に通わせて、読み書き計算を学ばせているところだ。だが……ようやく入口に立ったばかり。まだまだ先は長いな。
(やはり教育! 国家の根幹は教育)
読み書き計算をさらに発展させた“上位学校”を設立しよう。
海軍向けの専門校だ。……となると、また講師は俺になるのか?
(いつも俺だぞ! ほんとに!)
そして今回も、いつの間にかブツブツ言いながら構想を広げている。
誰かにこの“日本大航海時代プロジェクト”を丸投げしたい……!
(……そうだ!)
鉄甲船を建造したと記憶している、九鬼嘉隆を英才教育すればいいんじゃないか?
……とはいえ、まだ赤ん坊なのだな。
うーん、やっぱり先は長いな……。




