79話 公家! 図々しいぞ
天文13年(1544年冬)――13歳
呑兵衛たち――
その眼差し……「美味い酒! 飲めるのか? 飲めるのか?」と催促しているぞ。
君たちは……
まるで“ご褒美待ちのワンちゃん”になってるぞ。
そんな目で見られても、なでてやるわけにもいかんのだよ。
俺は立ち上がり、焼酎の樽の横に立つ。
柄杓で樽をコンコンと叩きながら、声を張り上げる。
「皆さ〜ん! この焼酎、もっと美味しく飲む方法があるので〜す!」
すると、会場のざわつきが、ピタッと止まる。
え、定頼さんまでこっち見てる!?
……いいのか? そんな顔して見つめてきて。
「まずは、三種の焼酎――米、麦、蕎麦から好みのものを選んでください。風味が全然違います」
「次に、この炭火で沸かした白湯を、好きなだけ注ぎます」
俺が柄杓で湯を注ぎながら、実演してみせる。
「焼酎1にお湯2。これが基本ですよ。香りが立って、味わいがまろやか〜になります。いい香りになりますからね!」
「お酒に弱い方は、お湯多めで調整してくださいね」
呑兵衛たちは真剣な顔で頷いてる。
うん、うん。
すでに酔って赤ら顔なのに、妙に真面目なのが面白い。
「そして! 最後に――この潰した梅干しを投入します!」
「これが……驚くほどうまいんですよ……! 飲んでみてください!」
13歳の俺がこんな飲み方を解説してることに、誰もツッコまない。
……まあ、“神童”ってのは、そういうもんだと思われてるらしい。
「焼酎1にお湯が2だな」
「梅干し、入れ忘れんなよ」
酔っ払いが、お互いに確認し合ってるけど、もう呂律が怪しい。
でも、ニコニコしながらお湯を注いで、梅を潰して、みんな楽しそうにやってる。
うん、こういうのって作る過程が楽しいんだよな。
俺も昔、やってたからわかるよ。
……って、ちょっと待て。
呑兵衛たちのペースが速すぎないか?
樽だぞ! 飲み尽くすつもりか?
すでに……無限ループに突入してないか?
……おい、そこ。梅干し追加しすぎだ。もうそれ、梅湯だぞ……。
酒と梅干しはたくさん用意しているから、なくなることはないけど。
目出度い席で絶対吐くなよ! 誰か絶対吐くな。この状況では……
せめて庭でお願いしたい! 部屋の中だけは勘弁してくれよ!
……なんといっても、この時代の日本酒がイマイチすぎるからな。
ドブロクなんて、ドロドロしてて、味も雑。
はっきり言って、料理と合うとは到底思えない。
だから焼酎を出すと、みんな大喜び。
そりゃそうだろうよ。比べる対象がドブロクなら、焼酎のうまさが何倍にも跳ね上がって感じるわけだ。
吐くまで飲みたくなるのもわかるというものだ。
と、そこへ真っ赤な顔をした定頼さんが、
なぜか俺に「六角家を頼む」なんて言ってきた。
……え、なんで俺? いや、なんとなく分かるけどさ。
たぶんアレだな。あのバカ息子、心配なんだろな。
“ダメな子ほど可愛い”っていうけど……可愛さだけで国は守れないんですよ、定頼さん。
なんか俺、ちょっと可哀想になってきた。
思わず口から出かけたよ――
「息子もダメですが、孫はもっとダメですよ。孫の代で六角家、潰れますからね」ってね。ほんと危なかった。ギリで飲み込んだ。
それにしても、定頼さんがどれほどの苦労を重ねて、六角家をここまで育て上げたのかと思うと……やっぱり、切なくなるよな。
“後を継ぐ子供がダメだったら、それで全部終わり”――そんな残酷な現実が、あまりにもあっさりとやってくる。
……けど、それって決して他人事じゃない。
もし、将来、俺の子が期待通りに育たなかったら?
そう考えると、背筋が寒くなる。
……やっぱり、教育って大事だ。心の底からそう思う。
その頃、六角家の宿老たちが、北畠の重臣たちに群がっていた。
「焼酎、土産に欲しい!」って、目が訴えている。
いや、ほぼ口に出てる。
それに、公家たちも追従する――
勝手に居座って飲み食いしてるくせに、
『俺たちの分も頼むぞ……』っていう、無言の圧を放ってきやがる。
いやいや、君たち“貴種”でしょ!?
もう少し気品とか、プライドとかないのかな!?
……焼酎って、罪なやつだな。
そうだ……
主上にも、梅干しと焼酎を5樽ほど送るかな。
飲み方も丁寧に記して、丁寧にね。
最近、伊賀で焼き物を試しに作らせてたんだよな。
焼酎に合いそうな盃――ちょっと渋いやつも焼かせてあるし、
ついでに一緒に送ってしまおう。
前世で読んだ“酒器の特集記事”を思い出した。
あれだ、黒ぢょか。あんなの、絶対売れると思う!
平たい急須+ぐい呑みのセットに、
卓上囲炉裏までつけたらもう最強じゃん。
うん、これは新たな産品に追加しよう。
まずは身内で実験だ。
オヤジたちと重臣たちに試してもらうことにしよう。
いわば“オヤジ宅飲みセット”だな。
干物も炙れるし、焼酎のお湯割りにもぴったりだ。
干物といえば――伊勢の干物があるじゃないか!
これは間違いなく売れるぞ!
で、山科のおっさんに……
少し準備に時間はかかるが、
“オヤジ宅飲みセット高級版”と焼酎を、
主上と、祝言に来られた公家に送ると伝えておいた。
……そうしないと、ヤツら帰りそうにないんだよ!
ほんとマロたちは図々しいというか、なんというか……
ちなみにこの“高級版”に、菊マークとか入れてさ……。
皇室ブランドということで、山科のおっちゃんが売ればいいんじゃね。
皇室行事のお金集めで苦労しているらしいからね。
だけど……ネコババ禁止だぞ? ちゃんと儲けはすべて主上に還元しろよ!
で、庶民向けバージョンは正直家で売る。
うん、完璧だ。俺って、めちゃくちゃ孝行息子じゃん?
こうして“伊賀焼プロジェクト”も本格始動。
オヤジたちには、腕のいい陶工を全国からリクルートしてもらおう。
なんだかんだで、伊賀名産がまた増えたな。
焼酎、干物、宅飲みセット……次は何を作ろうかな。




