76話 皇女降嫁って
天文12年(1543年秋)――12歳
……なんか、面倒な話を持ってきたな。
まったく、このクソ忙しいときに!
こっちは今、定頼との政治合戦をどう乗り切るか――頭をフル回転させねばならん重要局面なんだぞ!
よし、決めた。
内容? 一切聞かん! そのまま断る作戦でいこう!
「お待ちください。公家とはあまり深く関わるつもりはございませぬ。
遠路はるばる伊賀まで来られて、大変申し訳ありません」
「公家衆の姫君を嫁にいただくこと――これはご遠慮いたします! つきましては、ご相手の名を聞いてから断るのは、かえって無礼」
「ですので、そのままお帰りくださるよう……お願い申し上げます」
よっしゃ、言った!
これで引き下がるだろ? な?
……ところがどっこい。
「お主は相変わらずじゃな! 他の大名たちは、麿をもっと丁重に扱ってくれるのだがなぁ〜……ホホホ……ホホホ……ホホホ……」
(出たよ、妖怪ホホホ!)
「その方の善政により、伊賀と伊勢の民が豊かになったこと……学校を設けて、民に無料で教育を施していること……主上がいたく感心されておられるぞ!」
「主上はのぅ、ただただ、民の幸せを願われる慈悲深きお方じゃ……」
「それと……米焼酎! 麦焼酎! 椎茸! それらを定期的に届ける、その心遣いにも感服されてのぅ!」
「ホホホ……ホホホ……ホホホ……そこでじゃな。ホホホ……ホホホ……ホホホ……」
(ホホホ多すぎ! なんかもうリズム芸みたいになってきたぞ!?)
家臣たちの顔がもう、全員「またかよ……」モードだ。
幸隆は眉間にしわ寄せてるし、
(ホホホ……いい加減にしろや)と心で突っ込んでるのが丸わかり。
勘助なんて、すでに別のこと考えてるのか、心ここにあらずという顔。
可成は膝に置いた扇子を見つめたまま、現実逃避だな。
(さて、どうやってこのホホホ妖怪を帰すか……それが今の最重要課題)
……あれ? 山科のおっさん、急に身なりを整え始めたぞ?
ま、まさか――嫌な予感しかしない!
(頼む! 今さら変な話を持ち出すなよ! この空気、わかってるよね!)
……だが、おっさんは満面の笑みで、爆弾を投下してきた。
「主上は恐れ多くも、第五皇女であらせられる普光女王を、従五位上北畠伊勢守に降嫁させたいとの思し召しである」
「麿もこのような使者に選ばれて、大変光栄であるぞ! ホホホ……ホホホ……ホホホ……」
ん……ん……?
ちょっと待て。
え、今なんて言ったよな? 皇女? ……おい、今、皇女って言ったよな?
いやいや、冗談でしょ? 俺、元・忍びの倅……?
血筋ロンダリングはしたけど……あんなのチャチャッと書類偽造しただけ。
慌てて家臣たちの顔を見る。
……全員、“!?”って顔してる。
幸隆は完全にフリーズしてるし、可成は口を開けたまま動かん。
勘助は……目を細めて思考の沼に沈んでいる。
この空間には、“脳内はてなマーク”が100個ぐらい浮かんでる感じだ。
だが……これは俺にとって、いい話? それとも地雷なのか?
というか――そもそも断れるの? 断ったら不敬?
どうする? どうする?
(やばい……この話、どこからどう処理していいのか分からん……!)
「この話を受けた場合、私はどうなるのでしょうか?」
「今後、公家として生きていくことになるのでしょうか?」
「皇女と我が妻たち、我が家臣たちは、どのように接すれば良いのでしょうか?」
「北畠家は……どうなるのですか?」
――聞きたいことが、山ほどあるんだけど!?
だが山科のおっさんは、まったく動じず、いつも通りの涼しい顔でこう言った。
「其方が何かを変える必要はないのじゃ。降嫁の後は、普通に武家の正室として接してもらえば良いのじゃ。ただの……、ホホホ……ホホホ……ホホホ……」
(“ただの……“ってなんだよ!)
「ま、退位や即位など、朝廷に銭が入り用となる時な……。ホホホ……ホホホ……ホホホ……。その方を、大いに期待しておるのじゃ」
「そして、そして……」
「ホホホ……ホホホ……ホホホ……。麿個人もじゃ。ホホホ……ホホホ……ホホホ……」
出たな、“裏の本音ホホホ”!
扇子で口元を隠しつつ、俺の目をジッと見つめてくるその姿は――
もう完全に「断れるものなら断ってみよ」の圧でしかない。
(おい誰か……助けてくれ……!)
まさに、笑顔の裏に日本の“闇”を背負っているような、圧倒的ホホホパワー!
さっきまでの「疲れてるから帰ってくれムード」はどこへやら――




