75話 ホホホの来訪
天文12年(1543年秋)――12歳
六角家から婚姻を進めたいという話がきている。
上野城には主だった家臣たちが集まっている。伊勢の兵たちは国に戻したが、家臣たちはまだ上野城に滞在している。
俺って、ず〜っと忙しい……。いつまでこんな毎日が続くのかな?
子供は疲れ知らずだからいいのかもしれないが、万が一倒れて気を失ったら“治癒スキル”も役に立たない。自分で自分を治癒できなければ死んでしまうこともあるな。
顔をそろえたのは、オヤジたちをはじめ、楯岡道順、山本勘助、真田幸隆、工藤昌祐、森可成、藤堂虎高、島清国、望月出雲守、村井貞勝といった面々。
つまり……全員集合だ。今回はそれだけ重要な話ということ。
皆の意見を聞き、最善の結論を導かねばならない。
「婚姻の相手は平井の娘。六角家の養女として北畠家に嫁がせたいらしい。つまり今回は正室の話になる。しかし、よく考えねばならん。六角家と婚姻を結ぶことで、政治的に多くの面倒が生じる」
俺は説明を続けた。
「六角家との婚姻で、幕府を今までのように無視するわけにはいかなくなる。定頼の娘は晴元の嫁で、近衛稙家は将軍家と深い関係にある。この近衛家もまた厄介な存在だ」
「加えて六角家の領地は近江という政治的に微妙な位置にあり、法華、一向宗、比叡山といった寺社勢力との関わりも無視できない。つまり、将軍家や管領、公家、寺社、三好家、畿内の大名すべてに対し、慎重な外交調整が求められる」
「この婚姻で北畠家は政治的な網に絡め取られるかもしれぬ。六角家の狙いはそこにあるはず。北畠家を政治的に縛り、飼いならそうというわけだ。だからこそ、慎重に切り抜けねばならん。良き意見を聞かせてほしい」
勘助が口を開く。
「六角家と北畠家の婚姻とせず、あくまで六角家の重臣の娘との婚姻にとどめ、正室ではなく側室扱いとすれば、政治的影響は最小限で済むかと存じます」
村井貞勝が続ける。
「六角家と縁続きになれば、将軍や管領との関係が避けられなくなります。
殿の掲げる“戦をなくし、民を幸せにする”という理想の実現には、多くの制約が生じるでしょう」
「将軍や管領こそが、“民を不幸にしている張本人”です。私は、山本殿の意見に賛同いたします」
(俺もこの婚姻は、絶対お断りしたい)
室町幕府や公家との関係が深まり、行動に制約がかかるのはごめんだ。
「なるほど、貴重な意見だ。他には?」
「もし断れば、次々と別の娘で同様の話が持ち込まれるかもしれませぬ」と幸隆が答える。
「面倒だな……もう俺は定頼の掌で転がされ始めているというわけか? 考えすぎか……」
一同が考え込み始めたとき、藤吉郎が慌てて走り込んでくる。
「殿! 山科様がご到着されました」
(なんで今このタイミングで来るんだよ! 一番厄介なやつが!)
全員の表情が一斉に曇る。
俺の顔もたぶん、皆と同じだ。
全員が心の中で叫んでいた。
(山科〜! 忙しいから今度にしてくれ〜!)
とにかく話だけ聞いて、さっさとお帰り願おう。
俺は藤吉郎に「評定の間に通せ」と伝えた。
だが藤吉郎が動き出す前に――
すでに山科のおっさん、ちゃっかり近くまで来ていた。
(ムカつく……毎度、毎度、ホホホおやじめ!)
しかも当然のように、まるで自分の席だと言わんばかりに上座に座ろうとしている。
(すげえな、公家のメンタルって……もはや鋼だ)
もういいや。どうせ止めても聞きやしない。
さっさと座れ。歓迎はしてないけどな!
俺は努めて丁寧に聞いてみる。
「それで……緊急な御用とは何でございますか?」
おっさんは、こちらのイラつきなど一切無視。
満面の笑みでこう切り出した。
「良い話じゃぞ〜。その方、嫁をもらわんか。ホホホ……ホホホ……ホホホ……」
出たよ……妖怪・ホホホ。
なんで三回もホホホって言うんだ? なんかの呪文か?
ん、ん、嫁? 誰が? 俺がか!?
ちょ、待て待て。
こういうのって、しつこい勧誘電話と同じだよな。断るときの決まり文句は……
「間に合ってます!」
……って言っても通じなさそうだな!




