71話 三雲城炎上
天文12年(1543年夏)――12歳
蒲生は槍隊2,000人の前衛に、盾を2重に持たせている。槍隊の後方には弓兵が控え、そのままゆっくりと前進してくる。残りの槍隊は、いつでも突撃できるよう待機している。
まずは、小手調べに一当てしてみるつもりなのだろうか?
北畠軍では、幸隆の指示により――
堀を掘った際に出た土で築かれた土手の上には、盾を構えた槍隊が並び、その背後にはライフル隊が堀の中に待機している。
盾の隙間から銃口を覗かせ、接近する敵槍隊を冷静に狙っている。
――周到な防御陣形だ。
ライフル隊と敵槍隊との距離が300mに縮まったところで、弾幕が張られ始める。
ダーン! ダーン! ダーン!
ダーン! ダーン! ダーン!
敵槍隊は、2重の盾で弾丸から身を守っている。同時に、後方の弓隊が連続して矢を放つ。矢は放物線を描いて飛ぶものの、距離がまだあるため、精度には欠けている
たまに土手の槍隊の盾に刺さる程度だ。
蒲生は槍隊をさらに前進させ、ライフル隊との距離は200mとなる。
その時点で、ライフル弾により敵の盾は、かなりボロボロになっている。
さらに槍隊は前進を続ける。
ダーン! ダーン! ダーン!
ダーン! ダーン! ダーン!
ついに、弾は盾を貫通。槍兵が次々に倒れていく。
盾の防御を失った弓兵も、次々と撃たれて倒れていく。
六角軍の不利を悟った蒲生は、いったん撤退を命じた。しかし、槍兵・弓兵の損耗は大きい。蒲生と三雲は北畠軍を打ち破るための策を練るべく、陣の防備を固め直す。
こうして両軍は再び睨み合いの状態となった。
その頃、戦闘が始まる直前、オヤジたちが率いる特殊部隊は、山城である三雲城の斜面を登り始めていた。
本来は三雲城の要所ごとに、三雲家配下の忍びが配備されているはずであった。しかし、甲賀の上忍たちからの事前の説得を受け、戦が開始されたのを合図に山に逃げ去っていた。
(配下の忍びも、三雲について行っても未来がないことを、十分わかっていたのだ)
特殊部隊は、守備する忍びと交戦することなく。楽々本丸にたどり着く。
そのまま本丸に突入。守るのは三雲家の一族のみだ。
だが彼らは、特殊部隊の敵ではない。装備が違いすぎた。
榴弾や拳銃による遠くからの攻撃により次々と倒されていく。
本丸の三雲一族をすべて制圧するのに、さほど時間はかからなかった。
オヤジたちは、三雲に落城を知らせるため、城内から勝ち鬨の声を上げた。
「エイエイ、オー! エイエイ、オー!」
さらに、城が炎上しているように見せかけるため、枯れ木を燃やして煙を上げる。
三雲城の守備を甲賀衆に任せ、オヤジたちは休む間もなく、次の標的である日野城へと急いだ。
三雲は、遠く自らの城から立ちのぼる白煙を見つめていた。
あの煙――そして、風に乗ってかすかに届いた勝ち鬨の声が、すべてを物語っている。
終わったのだ。……三雲城が落ちた。
それはすなわち、一族の滅亡を意味するのだ。
「……嘘だ……こんなことが……」
しぼり出すような声とともに、妻の笑顔、子の無邪気な顔、兄弟たちの誇り高い姿が、次々と脳裏に浮かんでは消えていく。
胸に広がったのは、言葉では言い表せぬ深い絶望――
だがその絶望は、すぐに煮えたぎる怒りへと姿を変えた。
やがて三雲の表情は、静かに、しかし確かに、狂気に歪んでいった。
その隣で、蒲生は冷静に情勢を見ていた。
次に狙われるのは自らが守る日野城――そう確信していた。
そして、定頼の言葉が脳裏をよぎる。
「勝てぬなら惜敗でもよい……か」
老将らしく、判断は早かった。
「この戦、勝ち目はない。儂は日野城へ戻る」
「なに……? 何を言っている!」
三雲が振り返り、血走った目で蒲生を睨む。
「儂はすべてを失ったんだぞ! 妻も、子も、兄弟も……城もだ! おまえだけを帰すだと? ふざけるな! このまま北畠の奴らへ突撃するぞ!」
「……感情で戦をしてどうする。引くべきときに引く――それが兵法の常道というものだ」
「貴様ぁ……! この戦に引きずり込んだのは、おまえだろうが!」
「泣き言を言うな。おまえに戦は早かったのだな」
蒲生が背を向けて歩き出した、その瞬間だった。
――ズガッ!
鋼のぶつかる鈍い音とともに、三雲の刀が蒲生の背中に突き立てられた。
「が……はっ……!」
蒲生が呻き、膝をつく。
鎧の隙間を正確に狙った一撃だった。三雲の目はもう、何かが壊れている。
「何をする……三雲……! 儂にこんな真似をして、どうなるか分かっておるのか!」
「分かっておるとも……だが儂は、もうすべてを失った! 怖れるものなど、ひとつとして残っておらん!」
蒲生が地に倒れ込むと、周囲の兵たちが一斉に動きを止めた。
誰もが、言葉を失っていた。
次の瞬間、味方の兵たちは右往左往しはじめ、混乱の渦が広がっていく――
まるで主を失った群れが、行き場をなくして彷徨うように。
誰もが、悟った。
この戦は、もう終わりだと。




