70話 初陣
天文12年(1543年夏)――12歳
その婚姻同盟だが……正直、すごく面倒なのだ。
六角家の縁を経由して、あのアホ幕府とも繋がってしまう。定頼の娘は晴元の嫁。はっきり言って、そういうジュクジュクした政治闘争は苦手だし、興味もない。
そもそも、政治闘争で定頼には勝てるはずない。
得るものもなく、意味も見いだせない政治の駆け引きなど……神様と交わした“戦をなくし、民を幸せにする”という約束とは、かけ離れた話だ。率直に言って、時間を費やす価値すらないだろう。
それにしても、六角家というのは厄介な場所に領地を持っているものだ。近江――そこは、朝廷や幕府に加え、寺社勢力、法華宗に一向宗、そして比叡山までがひしめく、まさに“てんこ盛り”の政治圧力鍋。
定頼の政治力が自然と鍛えられてきたのも、納得できる。
六角家との戦については、北畠が負けることはまずないと思っている。その理由は、前回の旧北畠との戦の時と同じく、六角家の武将たちの多くが『忍びなんか、強く出れば従うだけの弱者』と思い込んでいるからだ。
つまり勝手に油断してくれるのだ。
しかし問題は、 “勝った後”だ。
こんなに政治的にややこしい南近江なんか領有する気はない。
くだらない政治闘争で、心と時間をすり減らされるのはゴメンなのだ。
だから六角家の領土は削るが、彼ら自身には“面倒な政治の盾”として、かろうじて存続してもらいたいのが本音。
それにしても六角家の連中……戦を仕掛けたいなら、さっさと動けばいいものを。……いったい、いつまでこちらを待たせる気だ。
(待たされる身にもなってほしい)
そう思っていた矢先、ようやく俺のもとに「六角家、動く」との知らせが届く。
六角家が、ついに戦に乗り出したようだ。
甲賀衆からの報せによれば、蒲生定秀が大将となり、三雲賢持を副将に据えて、5,000の兵を三雲城近くの平地へ集結させるべく移動中とのことだ。
目的は、伊賀に寝返った見せしめとして、甲賀の民を皆殺しにする腹づもりらしい。
兵の大半は農民兵だが、三雲の忍びも100人ほど混じっているという。かなりの数の農民が動員されたようで、まったくもって迷惑な話だ。
そして今回、ついに俺も戦に出ることとなった。
これが、俺の初陣である。
軍師は勘助ではなく、真田幸隆にした。
この戦で、幸隆と森可成に経験を積ませるつもりだ。
幸隆には、大軍を動かす軍師として早く慣れてほしいし、家督を継いだばかりの可成にも、大軍の指揮に慣れてほしい。
(でも、今回一番慣れていないのは俺ですね)
我が軍の陣容は以下のとおりだ。
大将はこの俺。
護衛には、頼れる楯岡道順と冨田勢源を従える。
軍師は真田幸隆。戦局全体を見通す目は、彼に任せた。
前線の槍隊3,000人は森可成が指揮し、
射撃の要となるライフル隊2,000人は工藤昌祐、
爆撃支援の爆弾クロスボウ隊500人は工藤祐長がそれぞれ率いる。
さらに、熟練の“オヤジたち”が率いる特殊部隊500人は別働隊として戦場に展開。
忍者調査隊200人は望月出雲守の指揮下、甲賀衆を率いて動く。
……そして今、三雲城から少し離れた平地にて、我が軍と六角軍が陣を構えて睨み合っている……
我が軍は、陣の前方に深さ1mほどの堀を掘り、その土で前面に土手を築き、そのさらに前に柵を設置して防備を固めた。
前衛にはライフル隊2,000人。
その左右両翼には、爆弾クロスボウ隊を250人ずつ配置。
ライフル隊の前には槍隊2,000人を2隊に分けて配置し、ライフル隊の盾となっている。
そして、大将である俺は、最後衛の本陣にて、槍兵1,000人に守られている。
今は、真田幸隆とともに望遠鏡を手に、敵軍の動きをじっと観察しているところだ。
六角軍の布陣はというと……
前衛に槍兵4,000人を、1,000人ずつ4隊に分けて展開。
その後方には弓兵500人を配置。
そして本陣には、大将と副将を中心に、槍兵と忍者隊を合わせた500人が守りを固めている。
大将は蒲生定秀、副将は三雲賢持。
蒲生は、六角家の中でも屈指の戦上手として知られる老練の武将だ。
敗北こそあるものの、大敗を喫したことは一度もない。
北畠晴具のような、単純な戦を仕掛けてくるタイプではないはずだ。
(面倒な武将登場か……)
そして今――
敵の大将も副将も、実に余裕の表情を浮かべている。
どうやら2人とも「この戦に負けるはずがない」と完全に安心しきっているようにも見える。




