69話 六角家の策謀
天文12年(1543年夏)――12歳
“忍者調査隊”の報告によれば、六角家では「北畠と戦に及ぶべきか、それとも婚姻同盟を結んで、配下に取り込むべきか」を巡り、家中の意見が割れて紛糾しているという。
六角家そのものは、いざとなれば脅威とはならない。だが、六角定頼の政略手腕は軽んじるべきではない。
畿内の諸勢力――朝倉、三好、筒井などと手を結び、幕府の名を旗印に大兵力をかき集められたりすれば、さすがに厄介だ。
可能性は低い。だが、“低いからこそ無警戒でいて痛い目を見る”のが戦国の常。
念には念を入れておくに越したことはない。
それから、甲賀の望月からの続報もある。
どうやら、北近江で六角家と争っていた浅井亮政が昨年死去したそうだ。その結果、浅井家は一気に弱体化。浅井亮政は優秀だったそうだ。
今は息子の浅井久政が跡を継いでいるが――
驚いたことに、自分の正室を六角家に“人質”として差し出しているという。
嫁さんを人質って……俺にはとても真似できない。
その奥方との間に生まれたのが、あの有名な浅井長政らしい。
つまり今、六角家の“北”にはもう敵がいない状態。
――ということは、どこかへ矛先を向けるなら、“今この時”しかない、と考えるかもしれないのだ。
六角家と幕府との関係だが――
どうやら12代将軍・足利義晴、そして管領の細川晴元とは、なかなか良好らしい。
ただ、その“アホの晴元”がしょっちゅう起こす、意味不明な手伝い戦に毎度付き合わされているせいで、六角家の財政は、かなり火の車らしい。
俺からすれば、“いいぞ、晴元”ってとこだな。
戦ってのは、結局のところ、銭がなければ始まらない。
さて、問題は六角家がどう判断するかだ……
仮に「財政がどうなろうと構うもんか!」と腹をくくるなら、一度くらいは北畠と戦を仕掛ける程度の余力は残ってるはずだ。
日野城の城主・蒲生定秀が“戦派”の筆頭のようだ。
“うまく取り込もう派”の筆頭は、平井定武らしい。
蒲生定秀の主張はというと、
「舐められたら大名は終わりなんじゃ! 裏切った甲賀に鉄槌! カチコミだ!」といったところ。
……まるでヤクザ映画だ。
一方の定頼として本音は、戦で一当てしてから婚姻同盟に持ち込むつもりのようだ。
「勝てば六角家に都合の良い条件で婚姻同盟を結ぶ。仮に負けたとしても惜敗に留めておけば、少し条件を譲るだけで婚姻同盟は結べる」
――どうやらそういう感覚で構えているようだ。
状況を大掴みに把握し、どこか余裕を漂わせている。
さすがは畿内を生き抜いてきた強かオヤジ。
その自信の根拠になっているのは、こうだ――
「婚姻同盟にさえ持ち込めば、子供の三蔵など、家臣ごと取り込むなんて簡単! 伊賀も伊勢も、いずれ六角家のものにしてみせたるわ。政治の駆け引きで負けるはずないだろ!」
──というわけ、六角定頼は自信満々なのだ。
蒲生にはこう言っているだろう。
「慎重な意見もあるが、お前が勝てばすべて解決だ。だが負けても惜敗にとどめよ。老練で戦上手な賢秀なら朝飯前のはずだろう?」
そして、平井にはこう言っているはず。
「まったく蒲生には困ったものだ。もし負けるようなことがあれば、定武よ、交渉はそなたに任せたぞ。期待しておるぞ」
定頼は、外交も部下の操縦も上手だ。
こういう政治家オジサン……俺は苦手だな。
会社にも、こういう人いたっけな。
苦手だった……この人の真意はどこ……とか、腹読みとか面倒くさかった。
確かに出世するタイプではあったが、俺はどうにも好きになれなかった。




