67話 鴨蕎麦と、家族との時間
天文12年(1543年 冬)――12歳
北伊勢では、安濃津城のみを残し、他の城はすべて破却することにした。
解体によって得られた資材は、安濃津城の補強および整備に活用している。現在、安濃津の港も同時に整備中だ。安濃津の運営については、すべて幸隆に任せてある。
黒鍬衆にとっても、この港湾工事は良い経験の蓄積となるだろう。
北伊勢・安濃津城の城代には幸隆を、伊賀・上野城の城代には勘助を任命した。
(そろそろ六角家が動き出す頃かもしれない。……まあ、それはそれで構わない)
そういえば、藤吉郎の父・木下弥右衛門殿が亡くなった。
また、森可行殿も隠居。かつての初期メンバーが2人いなくなったのだ。
伊勢を掌握したこの機に、松坂城へ家族を呼び寄せることにした。
城の天守に家族が集い、ともに眺めを楽しむ。海風が吹き抜けるこの地の景色は、伊賀の山風とはまた異なる趣がある。どちらにも、それぞれの良さがあると、あらためて感じた。
「三蔵殿、千代女との祝言は、いつになったら挙げるつもりですか? 待たせるすぎは良くありませんよ?」と母。
「千代女、すまない。北伊勢の対応に手一杯だったからな。祝言は遅れているが――甲賀のことは心配はいらぬ。甲賀は俺が必ず守るからな。甲賀を失った六角家など、もはや恐れる相手ではないからな」
「祝言は1ヶ月後とする。出雲守には、俺から正式に伝えておく」
「三蔵……あの子たちは、みんなあなたの妻なのよ? ずいぶん長いこと顔を見せませんでしたよ。かわいそうですよ」
「すまん。せめてもの詫びに、今日は皆に特別なごちそうを振る舞うことにするぞ」
「やった〜!」
妹の幸が喜んでいる。
「……殿さまが、自らお料理をなさるのですか?」
千代女が目を丸くして驚いている。
「料理なら得意だ。任せておけ!」
さあ、さっそく準備に入ろう。なんだかワクワクしてきた。いろんなことを忘れて、料理に集中するのも悪くない。まずは材料の確認だ。城の台所へ向かう。
「料理頭、今日はどんな食材がある?」
「殿様、料理は我々が――」
「今日はいいんだ。俺に作らせてくれ。料理は気分転換になるからな」
おっ、鴨が吊るしてある。蕎麦もあるし、ネギも揃ってる。
よし、今日のメニューは“鴨蕎麦”にしよう。蕎麦打ちは道順に頼もうかな。
道順に、以前使ったうどん打ちの道具一式を持ってきてもらう。
小麦粉と蕎麦粉の比率は2:8――そう、“二八蕎麦”ってやつだ。
蕎麦の捏ねから切りまでの工程は、慣れている道順に任せる。
俺じゃどうにも手に負えない。
張り切った様子の道順が、襷を掛けて蕎麦をこね始める。見ていて気持ちがいいくらいの手際だ。
俺の担当は、つけ汁の仕込み。醤油はすでに職人が自家製で作れるようになっていて、市場にも出している。これも、なかなかの利益を生んでいるんだ。
鴨の解体まではさすがに無理なので、料理頭に頼んで、大ぶりのブロック肉にしてもらう。それを俺がフライパンでじっくりソテーしていく。
醤油に米焼酎を混ぜたものを鍋で煮立たせ、ソテーした鴨のブロックを加えてさらに煮込む。しばらく煮たら鴨肉を取り出して冷まし……これでつけ汁の完成だ。
道順が打ってくれた蕎麦を茹でて、水で締めてザルに盛る。
見た目も香りも申し分ない。
せっかくだから家族と一緒に食事をしたくて、あらかじめ専用の家族用食堂を用意しておいた。もちろんテーブル式だ。畳に座って食べるのも風情はあるけど、やっぱりちょっと食べにくいからね。
料理を運んでもらい、家族全員で揃って食卓を囲む。
やっぱり、こういう時間は格別だ。
「お蕎麦って、こんなに美味しく食べられるものなんですね……。甲賀では、蕎麦といえば蕎麦粉をお湯でこねただけのものでしたから」
千代女が感心したように、しみじみと呟いた。
「どこの村でもそんな食べ方が多いと思う。細く切って茹でるなんて、あまりやらないだろうからな」
「ええ。こうして箸で持ち上げて、汁にくぐらせて……すすると香りがふわっと広がって……なんだか、口の中で秋風が吹くような感じです」
「千代女、いい表現だな、秋風か……確かにそんな趣があるな」
「お母さま、これ、鴨のお出汁がすごく濃くて……でも、とっても美味しいです。幸は大好きです」
「お肉がやわらかくて、甘い!」
幸が、頬をふくらませながら笑う。目を細めて、幸せそうに箸を動かしている。
「また作ってくれる? 明日も?」
「……明日か。うーん、鴨の仕入れ次第だな。でも幸がそう言ってくれるなら、考えておこうかな」
「やったあ!」
妹の無邪気な笑顔に、俺も自然と頬がゆるんだ。
こうして囲む食卓が、何よりのごちそうだと、しみじみ思う。




