65話 北伊勢に吹く不満の風
天文12年(1543年冬)――12歳
南伊勢が急速に豊かになり始め、長野家と関家の領民の不満は高まるばかり。
その矛先は、長野家の当主・長野藤定と、関家の当主・関盛信に向かっている。
長野家と関家は、俺に負けて賠償金をそれぞれ5万貫ずつ払わされている。
実際にはもっとだな。あいつら、計算ができないからな。
“銭勘定など身分の低いものがやることだ〜“とか、バカじゃね。
もはや貧乏大名に転落まっしぐらになりなさい。
借りた銭は商人からの高利の銭。前世の闇金利息どころではないよ。ウルトラ高金利なのだ。……まあ、借りさせたのは俺だけどね。
高金利だから、借金は放っておけば雪だるま式に膨らむ。
雪だるまどころじゃないか……。城何個分になってることやら?
当然、年貢を増やして返済に充てるしかないだろう。
もっとも利息払いで精一杯、元金は減らず最悪なパターンだ。搾取され続けてくれ。
そんな借金漬けの生活にもかかわらず。
あいつらはバカなのか、生活水準を下げようとしない。
いったいどういう神経をしているのか。結局、あいつら年貢をさらに増やした。
年貢が増えていけば、最後には「収穫したものはすべて差し出せ」となるだろう。
農民の不満は爆発的に膨れ上がる。
想定通りに転げ落ちてくな!
長野家と関家の領地と、我が領地とでは比較にならないほどの差がある。
それはね……領民の幸せをいつもちゃんと考えているからだよ!
我が国の税率は、4公5民1備としている。1備は米が不作だった時のための“飢饉用米備蓄”だ。
1備の米は、翌年分が蔵に収まった時点で、農民たちに返却する。
そもそも、米の収入なんて大したことはないのよ。
昔から続けてきたことを、ただ惰性で繰り返すのではなく、もっと頭を使おうよ。
俺は飢饉用の食料として、小麦や蕎麦も栽培させている。
農家の収入をアップさせるため、農家に作らせている小麦や蕎麦の2〜5割を俺が買い上げている。
状況を見ながらだけどね。買い上げたものは、焼酎の原料にする。
これは民へ渡す“お小遣い”のようなものなのよ。
銭が無いと欲も湧かない。
しかし懐に銭が貯まれば人間は欲が出る。もっと銭が欲しいと。
その“欲”が、生産力向上の原動力になるんだ。
ちなみに、農作物というのは、加工して“産品”にして初めて稼げるからね。
米を作らせて、年貢として領主が取り上げるだけでは、国は潤わないわけ。
取り上げた米で、商売をして儲けるわけでもなく、ただ兵糧として備蓄するだけじゃ貧乏大名になってあたりまえなのだ。
農家さんも、“やらされている感”が満載だろう。
当然、収穫高を増やす工夫なんかするわけがないよね。
だって、たくさん収穫しても、領主に巻き上げられるだけなのだから。
その点、我が国には“商社正直屋”という販売ルートがある。
産品販売の利益も大きい。悪徳商人に中抜きされないからね。
こういった販路を確保していないと、儲けの大半を悪徳商人にくれてやることになる。奴らを肥えさせても、何にもならない。
“商社正直屋”にビジネス界を、さっさと天下統一させないとダメだ。
俺は儲けた銭は、領内の公共事業に回している。
そうすれば、道路整備などの労務費が領民に還元され、銭が国の中をグルグル巡っていく。
回っている銭の総量が同じでも、
「領民の財布が潤う」→「国の財布が潤う」→「また領民に戻る」……という循環ができあがるのだ。
民に提供できる豊かさが段違いなのだ。
だから、我が領民の“豊かさ指数”は、他国と比べて桁違いなのだ。
そりゃあ神様も喜ぶってもんだよ。
我が領民は、他国の領民と比べて、着ているものからして違う。
どうしてそうなったかというと――
京の零細古着商に対して、“商社正直屋”が資金力を武器に一括大量購入を仕掛けているからだ。当然、古着を安く購入できる。多少の買い叩きもあるが、あくまで商売の範囲内だ。
おかげで我が領民たちは、他領と比べて信じられないくらい安く古着を手に入れられるのだ。
長野家や関家の村人が、我が領内の村人たちをひと目見れば、生活レベルの違いは明らか。着る物も違うし、顔色も良い。
行商のおじさんたちも、「泥棒されたらかなわん」と言って、長野家や関家領は小走りで通り抜けている。昔の伊賀みたいにね。
長野家や関家の領民は思い始める。
(この差はなんだ。領主がバカだからに違いない。バカどもだけがいい暮らしをしてやがって。バカは追放! どっかに捨ててこい)
***
俺たちはというと、北伊勢の領民を煽って、煽って、煽りまくり〜の、“バカ領主追放キャンペーン”の真っ最中だ。優秀な“忍者撹乱隊”がいるからね。
幸隆が張り切って指揮している。軍師って、こういうのが楽しいらしい。
本当に生き生きしてる。




