64話 志摩衆とキャラック船
天文11年(1542年秋)――11歳
善右衛門から「キャラック船を停泊させる浮き桟橋が完成した」と連絡をもらう。
俺は道順と保正、藤吉郎、幸隆を連れて、浮き桟橋の上へと移動する。
浮き桟橋が大きく揺れまくっている。……少し不安になる。
このまま浮き桟橋ごと沖に流されたりしないよな?
いや、そんなことを考えちゃダメだ。トップとして失格だぞ。
部下は信じないとダメなんだ。
俺は信じるぞ。……でも、波が荒くて……やっぱり怖いものは怖いぞ!
俺はキャラック船の設計図を頭に描き、『創造 キャラック船 2隻』と念じる。
キャラック船が2隻、海にプカプカと浮かんでいる。――おぉ、成功だ!
豊穣神様、ありがとう!
神の力は偉大なり。ビバ豊穣神。
キャラック船の創造に成功したので、船が流されていかないうちに、藤吉郎に大急ぎで志摩衆を呼びに行かせる。
志摩衆には、まだスキルのことは秘密にしている。やっぱり説明が難しいからね。
でも意外と、「神童だからそのくらい当然じゃね」と納得してくれるかもな。
志摩衆が喜び勇んで走ってくる。猛ダッシュだ。
「乗船してみろ。お前らの船だ。早く乗り込まんと、船が沖に流されるぞ! 乗り込んだら錨を下ろして、隅々まで船の構造を見て回れ!」
大勢の志摩衆が小早船を漕いで、キャラック船に近づいていく。
小早船からキャラック船のデッキにロープを放って引っ掛け、次々に船に乗り込んでいく。さすが海賊、こういうアプローチはお手の物だな。なんとも手際が良い。
キャラック船の上で、若い志摩衆が小躍りしている。
何かこっちまで嬉しくなってくる。
「この2隻を使って、十分に操船訓練をしてほしい。操船に失敗して船が沈んでもかまわん。しかし、お前たちの命は大事にしろよ。いきなり沖に出て遭難するようなヘマはするなよ」
志摩衆が元気よく、食料や水をキャラック船に積み込んでいく。手慣れたものだ。
……にしても、俺の話をちゃんと聞いているのか?
おもちゃに夢中の子供みたいだぞ。いきなり遭難されたら、北畠海軍計画がボツになるからな。
再度「遭難するなよ! 遭難するなよ!」と何度も強く念を押しておいた。
元気のいい九鬼が「殿! この船の名前を教えてください!」と大音量のダミ声で叫んでいる。
「船の名は“第一日本丸”、もう1隻が“第二日本丸”だ。どちらがどっちでも構わん。船の帆に大きな文字で“第一日本丸”と書いておけ」
「操船に習熟するには時間がかかるはずだ。じっくりと繰り返し練習するんだぞ」
「まずは、陸が見える範囲での操船訓練にしておけ。ヨットで練習しているから細かいことは言わんが、無茶はするな。いずれ、陸が見えなくても航行できる“航海法”を教える」
「重要なことだが、この船の存在は他の大名には絶対に秘密だ。これは厳命だぞ!」
その後も“操船訓練が十分できたら大砲を搭載すること”、“再来年には蝦夷か琉球あたりまで行ってもらうこと”など、色々伝えておいたが――
おーい、聞いてるか? ……おもちゃに夢中か。無駄だな!
……まあ、でもこの勢いは大事にしたい。
何かをやり遂げるには、勢いというものが必須だ。パッションだよ、パッション!
(研究員の時によく言われたな……)
「うお〜! うお〜! うお〜!」
大歓声が響く。海賊たちが帆に登ったり、互いに声を掛け合いながら船の上を走り回ったりしている。
いいね、若いって!
……俺が言うと、やっぱり変な子供か。
ところで、船大工にはまず“ヨットの模倣”から始めるように指示している。
そのうち造船技術もスキルアップしていくだろう。
職人たちの話では、ヨットを作れるようになるには最低でも1年はかかるという報告が来ている。
まあ、そんなものだろ。焦らずに進めば良い。
だが、早くから造船要員を育てておかないと、キャラック船のメンテナンスすらできなくなってしまうからな。
それに、俺が何でもスキルでやってしまうと、この国の造船技術が発展しない。
いろんな技術分野で、少しずつ“機械文明”の階段を登っていってもらいたい。
そういえば、遊び用として“ウインドサーフィン”でも作っておこうかな。
……まあ俺は乗れそうもないけどね。ほんと、俺って何もできないな。
これでいいのか!
ウインドサーフィンは、海賊たちの息抜きにはちょうどいいかもしれない。
一応、特殊部隊にも興味があるか聞いておこう。
これで色々“持ち駒”が増えてきたな。陸軍と海軍が、少しずつ充実してきている。
陸軍と海軍を前提とした戦略も、これからは真剣に考えないといけないな。
もう俺1人で細かいところまで戦略を立てるのは難しいかもしれない。
これからは、大方針だけ俺が考えて、勘助と幸隆の頭脳に期待しよう。




