60話 甲賀忍びの不満
天文11年(1542年夏)――11歳
俺は甲賀の下忍。
この頃は、色々と悩むことばかりだ。
甲賀の里は、いつも生活が厳しい。腹はいつもペコペコ!
だけど、昔は伊賀の奴らも同じだったんだぞ。だから甲賀の民も、忍びの里の生活というのは、どこもそういうものだと諦めていたわけよ。
しかし、ある時から伊賀が急激に豊かになりやがった。
そう、伊賀に神童が現れてからだ。どうやったのか知らないが、すぐに伊賀守になりやがった。あろうことか今では伊賀と伊勢の2カ国の国主だぞ。しかも官位持ち!
なんだよ、それ!! 甲賀と伊賀……差がつきすぎじゃね!
これは俺だけの悩みじゃないぞ。甲賀の里では、皆が同じことを思っているぞ。
あ〜、興奮すると腹が減る。印を結んでも、食い物は出てこないしな。
まあ、そういうことに使うものじゃないのはわかってるよ。
だけど、ほしい、何か食べ物が出てくるような忍術……。
伊賀の忍びの顔を見ると、いつも幸せそうでな……。イキイキしているというかな。きっと食べ物も良いのだろう。顔色がすこぶる良い。
少なくとも雑草は食ってなさそうだ。
たまに知り合いの伊賀忍びと話すことがある。
聞けば聞くほど、伊賀の生活は羨ましいばかりなんだよ!
(必死で表情には出さなかったけどな)
はっきり言うけど、無茶苦茶悔しい。雑草汁なんか食えたもんじゃないだよ!
聞いた話では、こともあろうか、村の子供たちが通う学校まであるという。
しかも学校では、無料で読み書きと算術を教えてくれるというじゃないか……
おまけにだ……京を焼き出された流民たちですら、伊賀で普通に仕事にありつけ、飯にも困っていないという話だ。俺も流民になるかな。
流民だって、俺たちより良いものを食っているに違いない。それに、奴らの子供たちも学校に通っているみたいなんだよ。
どうなってるんだ……腹減った。
こんなふうに思っているのは、俺だけじゃないぞ。里の皆も、同じような話を聞いているのだよ……
これは! 紛れもなく事実なのだよ!
興奮したら腹が減った……もう話にならんわ。甲賀はどうなっているのだ。
伊賀とあまりにも差がつきすぎじゃないのか!
それにだ、六角家からの仕事は、相も変わらずクソ依頼ばかりだぞ。
命を懸けさせるくせに、はした金しか貰えない。
(くそー! くそー! くそー! やっていられるかよ)
……あれ、涙が出てきた……
神童が現れた時、俺たちは伊賀の変わり様を眺めていた。その時は羨ましいなんて思ってもいないぞ。
伊賀なんか、どうせすぐに元に戻る。貧乏に逆戻りするに決まっていると思っていたからな。
変に良い目を見た分、後が余計に地獄に感じるだけだからな。
むしろ「大丈夫か伊賀! 可哀想に!」なんてね。心配してたんだぜ。
だってな……世の中とはそういうものだろ。
(でも伊賀は地獄に堕ちない……なんでだ。おい……)
堕ちろよ! 堕ちろよ! 元の伊賀に戻ろうよ!
俺たちと同じ境遇に戻ってくれよ。
念仏のように念じ続ける。我ながら情けない。
そのうち、伊賀は北畠に目をつけられるようになる。
ああ、これで伊賀は終わりだと思った……
(は〜、勝った? 北畠を打ち破っただと?)
あれよ、あれよという間に、何がどうなったか知らんが。
当主が従五位上北畠伊勢守だと。
しかも……北畠って名門一族だって。
(ふざけるなよ! 俺はなんで伊賀に生まれなかったのだ!)
(もう考えるのも辛い……涙が止まらんぞ……)
俺たち下忍同士が集まると、いつもこの話題なんだよ。
何回も、何回も、同じことを話してる。
皆は、最後に、静かになって泣き始めるんだよ。
甲賀の民は羨ましいのだよ……
そんな時だ。
『甲賀は北畠に付かないかという誘いの使者が来ているらしい』という噂を耳にした。
(やったぜ! ついに来てくれたか! 待ってたぞ。イエ~イ!)
もちろん俺たちは喜んだ。里の民すべてが大喜びだった。
(雑草汁はもう食べなくていいんだ!)
「やった、やった」と皆でお祭り騒ぎ……。
これで甲賀も幸せになれる。幸せになれる! みんなが期待した……。
しかし、誘われた甲賀53家の上忍たちは……悔しいからか、頭がおかしいのか、何だか知らんが……。
「殺されたくなければ帰れ」と使者を追い返したという!
(この大バカタレが! バカ、バカ! 大バカ野郎! 死ねよ、お前ら!)
その話を耳にした時、力が抜けて座り込んだわ。
村の娘たちも、皆泣いとった。
何やってくれているのだよ!
甲賀の民は、六角家なんかやめて、北畠家についてほしいんだよ!
(わかるだろ! そんなこと!)
もう皆で伊賀に逃げたい。
仲の良い下忍同士が集まると、いつも同じ愚痴りが始まる。
甲賀の村では、タメ息ばかり聞こえてくる。
『今度はどこそこの里から、複数の家族が一緒になって伊賀に逃げ出した』という話が、いくつも俺の耳に入ってくるようになった。
追手を掛けるといっても、追いかけてる自分たちが逃げ出したいぐらいだ、もう適当な感じらしい……。
追い駆けるふりをして、自分も伊賀に逃げ出した家族いるんだと……。
ちなみに、伊賀に逃げ込んだ者たちは、人手不足の伊賀でさっさと仕事を見つけて、幸せに暮らしているという。
三雲のバカタレは、逃げ出した家族全員を見せしめに殺したらしい。
しかも、里の衆を全員集め、その眼の前で無惨に殺したというのだ。
俺は三雲の里に生まれなくて良かった。心底そう思う。
あいつ、おかしい。三雲家は頭がパーだ。
でもな、このままじゃ甲賀は終わるぞ!
頭の良くない俺でもわかるさ。
……甲賀の民の気持ちは、もうすでに決まっていたのである。




