58話 綿花で拓く伊勢の未来
天文11年(1542年春)――11歳
次は、伊勢の農業を本格的に梃入れする番だ。
米は当然として、いつものように麦と蕎麦も育てる。それに加えて今回は“綿花”の栽培に力を入れたい。
三河ではすでに綿花の栽培に成功しているはずだから、“綿花の種”と“栽培に長けた農家さん”をセットでリクルートしようと考えている。
給金を弾めば、きっと来てくれるはずだ。
オヤジたちには、優秀な“忍者リクルーター”を派遣してくれるよう依頼する予定だ。
“忍者リクルータ”は、忍者の中でも人当たりが良くて、交渉上手な人としてセレクトされた者たちだ。営業マン的な素養も必要。しかも、潜入も得意でないといけないから貴重な存在。
ただし、重要なことを何度も繰り返し念押ししておく。
「対象の農民を攫ってくるのは絶対にダメ! あくまで“自主的に来たい”と思ってくれる人限定だぞ!」
嫌々連れてこられても、農業技術の定着なんて望めないからね。
とはいえ、三河と伊勢の生活環境を比較すれば、圧倒的に伊勢の方が優位だ。水は豊かで、治安も良く、物資も安定している。それをきちんと理解してもらえれば、リクルートは絶対成功するはずだ。
そのために、わかりやすい“プレゼン資料”を用意しよう。
忍者リクルーターに持たせるための農家向けプレゼン資料だよ。もちろん、何度も実績のある“マンガ”形式で!
タイトルは“伊勢の魅力、まるわかり”!
最初のページには、美味いものを腹いっぱい食べて、幸せそうな笑顔の家族の絵。
次のページは、子どもたちが学校で楽しそうに学んでいる様子。
その次は、軽い税制に喜ぶ農民たちの笑顔。
そしてラストのページは、伊勢の可愛い村娘たちが総出で、「私たち、あなたを待ってます〜♡」と手を振っている姿……。
うん、完璧だ。マンガの力、ここに極まれり!
移住希望者については、正直屋の船で一気に伊勢まで運んでしまえばいい。
綿花さえ根付いてしまえば、あとはこっちのものだ。
至高の匠スキルで紡績機を創造すれば、綿糸の生産はたやすい。綿糸があれば綿布が織れるし、そこから先は可能性がどんどん広がっていく。
綿布さえできれば、綿の着物も作れるし、帆船の帆にも活用できる。
さらに、綿を詰めた綿入れの衣や綿布団も作れるから、冬の寒さ対策としても強力だ。やっぱり麻の着物だけでは冬は厳しい。あれは完全に夏向きだ。
染料も、あれこれ試してみたい。藍や草木染めで色々できそうだ。
……ジーンズなんかも作れるかもしれないな。
またひとつ、伊勢の産品が増えそうだ。儲かるぞこれは。いや〜、楽しみだ!
ところで――情けない話だが、今の“日の本”には自前の銭がないのだよ。
冗談みたいな話だが、現実だ。まったく何をやってるんだか……。
自国の通貨を他国から“輸入”するなんて、どう考えてもダメでしょ。
通貨ってのは、その国の“信用”の象徴だぞ?
……とはいえ、俺が作った魅力的な産品が増えれば増えるほど、正直屋の商売も好調になり、“日の本”の銭がどんどん俺のところに集まってくるはずだ。
結果として、他のどこかの領国では、銭が足りなくなって困るかもしれないな。
でもまあ――通貨を作るのは俺たちの仕事じゃないし、そこは知らんぷりしておこう!
綿花栽培農家さんが来てくれて、栽培がしっかり軌道に乗ってからの話にはなるけど、クロムフォードの水力紡績機なんかをモデルにして、紡績工場を試験運用してみるかな。
構造はわりとシンプルだし、やろうと思えば作れるはずだ。
本当は、水力なんかの不安定な動力じゃなくて、蒸気機関を動力にしたいところなんだけどね。
フライホイールにワット式の遠心調速機をつければ、安定した回転が得られるし。
でもそれは――そう、燃料の石炭が手に入ってからだな。
今の段階で安易に蒸気機関を導入すると、燃料に薪を使うことになって、山がハゲ山だらけになってしまう危険がある。
石炭といえば……この国だと露天掘りできそうなのは北海道あたりかな?
いまの技術力じゃ、坑内掘りなんて無理だし。崩落で死人が出るだけだ。




