57話 志摩海賊、ヨットに挑む!
天文11年(1542年春)――11歳
志摩から呼んでおいた地頭たちを、藤吉郎に迎えに行かせた。
ほどなくして、地頭たちは大急ぎで俺の前に集まり、揃って跪く。
「志摩衆は、これからも未来永劫、海賊を続けていくつもりなのか?」
俺の問いに、彼らは一瞬だけ怪訝そうな顔を見せる。
「……作物を育てる土地がほとんどなく、我らは食うために仕方なく海賊をやっております」
その言葉に、俺は静かに頷いた。
「ならば――俺が、外国に渡れる船を作ってやる。だから、お前たちは海賊ではなく、“交易”で生きていく道を考えてみないか?」
一瞬の沈黙のあと、地頭たちはざわつきながら顔を見合わせ、互いに言葉を交わす。そして――
「そんな、ありがたいお話をいただけるのであれば……我ら志摩衆は、北畠様にどこまでも、お仕えいたしとうございます!」
そう言って、全員が俺の前に深々と土下座した。
「まあ待て。その前に――お前らの“やる気”を見せてもらおう」
俺はゆっくりと間を取り、地頭たちを見渡して言葉を続ける。
「本格的な帆船の操作経験はないだろう。いきなり南蛮船に挑んでも、沈めるのが関の山だ。この4人乗りのヨットという帆船を、まずは乗りこなしてみせろ」
「それができたら南蛮船を作ってやる。ヨットは壊しても構わん。思う存分、挑戦してみろ。――どうだ?」
基本的な操船の方法は、海賊たちにマンガで説明した。
字が読めない者も多いこの時代、マンガはやはり最強の教材だ。
「この帆船はな! 帆に後ろから風を受けて進む。まあ、それは当たり前なんだが、実際に海に出ればすぐに感覚がつかめる。船の下には突起があって、帆の操作次第でジグザグに“風上”にも進める。どうだ面白いだろ?」
「簡単には乗りこなせないが――やってみろ。乗りこなせるまでの間、寝泊まりできる宿舎もこのヨットハーバーの脇に用意してある。好きに使え」
俺の言葉に、地頭たちの背後に控えていた若い衆たちが、目を輝かせながら前へ出てくる。
「ぜひ、やらせてください!」
返事を終えるや否や、彼らは猛然と駆け出し、次々にヨットへと乗り込んでいった。練習が始まる――試行錯誤の連続だ。
「ちょっと待て! 操船を誤れば転覆して海に落ちるぞ! 救助用の船を出してからにした方がいいと思うぞ!」
慌てて地頭たちに、前世流の安全対策を伝える。
だが、地頭の一人がにやりと笑って答えた。
「海で溺れるような間抜けは、我ら海賊にはおりません」
……そりゃ、ごもっともだ。
この調子なら、夏までには十分に乗りこなせるようになるかもしれないな。
それにしても……こいつら、褌に薄い羽織だけで平然としているけど、本当に寒くないのか? 海風が吹きつけるこの季節に、元気すぎるだろ。
若い衆がヨットに夢中になっている間に、地頭たちだけをそっと呼び集める。
「志摩の湾内で、どこか波の穏やかな海岸を一つ、貸してくれないか」
彼らは少し驚いた顔をしたが、俺は続けた。
「そこで何を作るかは、今はまだ秘密だ。ただし――お互いの信頼関係がさらに深まれば、いずれ全てを話すつもりだ」
北畠に心を寄せ始めている地頭たちは、顔を見合わせ、すぐに深く頷いた。
「承知つかまつりました。どうぞ存分にお使いください!」
もはや彼らの表情に、北畠から離れるという選択肢は見えなかった。
場所が決まったら、北畠の中でも特に忠誠心の厚い領民を選び、その地に移住してもらう予定だ。新たな拠点となる以上、万全の警戒網を敷かなければならない。そこは、道順に任せておけば安心だろう。あいつの警備設計は実に頼りになる。
真珠の養殖方法については、基本的な知識は俺にもある。だが、実際に彼らがその技術を習得し、安定して真珠を生産できるようになるまでには、相応の時間がかかるはずだ。
だからこそ、焦らせず、失敗を恐れさせず、じっくりと育てていく構えでいこう。最初はうまくいかなくても、それでいい。成功までの過程もまた、大切な経験になるのだから。




