55話 共に歩む妻の決意
天文11年(1542年春)11歳
この“ブツブツ遊び”が、今の俺にとっては何よりありがたい時間になっている。
誰にでもできることじゃない。だが、彼女たちと気軽に言葉を交わすうちに、頭の中が自然と整理されていく。
気づけば、重たかった肩の荷も、すっと軽くなっているのだ。
それだけで、どれほど救われていることか。
まさに、忙しない毎日の中での“癒やしの時間”――
彼女たちにとっても、同じようにリラックスタイムになっていればいいのだけれど。
まあ、子供の頃から“遊びの延長”としてやってきたんだから、大丈夫だろう。
とにかく、今の俺には、この時間と彼女たちの存在がなくてはならない。
……さすがに、これを勘助とやれと言われたら、ちょっと無理があるからな。
リラックスタイムの終わり際、俺は彼女たちにそっと1つ、お願いごとをした。
「将や兵の名簿を作ってほしい。名前のほかに、家族構成や子供の名前、どこに住んでいるかも記しておいてほしいんだ。そして、もし負傷したり、戦で命を落とした者が出た時には、その家族への補償や支援も、君たちに担当してもらいたい」
俺の言葉を聞いた二人は、顔を見合わせた後、まっすぐにこちらを見てうなずいた。
「とても立派な考えだと思います。そのお仕事、ぜひ2人でやらせてください」
その返答に、心の底から安堵した。正直、「女が家の表のことに口を出すなんて……聞いたことがありません」と渋い顔をされるのではと少し不安だったのだ。
だが、それはまったくの杞憂だったらしい。
きっと、忍びの家で育ったことも影響しているのだろう。忍びの家では、男も女も関係なく、それぞれが当然のように働き、支え合っているからな。
俺自身、現代人だから、女性が政に関わることに抵抗なんてない。むしろ歓迎だ。
とはいえ、周囲の目や、この時代の価値観という壁は依然として存在する。
だが、いずれ学校教育が広まれば、優秀な女性もどんどん増えてくるはずだ。そうなったときには、彼女たちにも堂々と政に携わってもらえる環境を整えておきたい。
もちろん、今すぐ大きく変えるわけにはいかない。
まずは家臣たちの反応を見ながら、少しずつ……慎重に制度を進めていこうと思っている。
やがて、評定に出席するため、三蔵が慌ただしく部屋を後にした。
残された桔梗と桜は顔を見合わせると、そっと口を開いた。
「名簿の件だけど……殿って、本当にいろいろなことに気づかれるのね。兵の家族のことまで考えておられるなんて、正直驚いたわ」
「それを私たち妻に任せるというのも、すごく意味があると思う。私たちが動けば、家臣や兵たちの忠誠心はきっと高まるはずよ」
桔梗の感嘆に、桜も深くうなずいて応える。
「思い返せば、私たちが婚約した頃の殿は、伊賀の一領主――百道家の嫡男で、まだほんの幼子だったのよ。それが今では伊賀守、さらには伊勢をも治める二国の国主……官位も従五位上、北畠伊勢守ですもの」
「本当に、尋常なことじゃないわ。殿は、まだ11歳なのに……すべて、ご自分の才覚と努力でここまで歩んでこられた。そのことを思うと、私なんかが隣にいてよいのかって、不安にもなるし、申し訳ない気持ちにもなるの」
桜の言葉に桔梗も静かに頷き、目を伏せながら語る。
「”戦をなくし、民を幸せにする”――そんな理想を掲げる方が、この乱世に現れるなんて。まるで、神が遣わしたかのような存在よ。そう思わずにはいられないわ」
「もちろん、これから先、殿の理想を阻もうとする敵は、数知れないほど現れるでしょう。でも……殿がいなければ、私たちは今も、あの貧しい伊賀で希望の見えない暮らしを続けていたと思う」
「だから、殿を支えましょう。たとえこの命に代えても。それが、私たちの宿命だと思う」
その瞳に宿るのは、ただの忠誠心ではない。深い愛情と、揺るぎない信頼だった。




