53話 宗滴と久秀
天文10年(1541年秋)――10歳
宗滴に挨拶するだけのつもりだったのに――
俺は、見つけてしまった。
(……これは、もしかすると……癌の初期症状?)
この場で口にしてよいものか、少し迷う。
今は祝言の席。軽々しく病の話をするのはふさわしくない。
だが、それでも見過ごすには惜しい人物だ。
そっと目配せをし、控えめな声で問いかけた。
「宗滴殿……後ほど、少しお時間をいただけますか?」
宗滴の目がわずかに細められた。
「……なるほど。察しがよろしいようで。構いませぬ、後ほど静かな場所でお話を」
互いにそれ以上は何も言わず、微笑みだけを交わす。
まわりには、ただ礼儀正しい挨拶の一環としか映らなかっただろう。
***
翌日――
宗滴を離れの静かな一室に招き入れ、あらためて事情を伝えた。
「昨日、失礼ながら宗滴殿の体を視て……気づきました。どうやら体内に、初期のしこりがあります」
「……やはり、ですか。朝倉の医師もそれらしいことを申しておりましたな」
「私なら、治せるかもしれません」
「なんと……治していただけるのであれば、是非ともお願い申し上げまする。朝倉には、まだまだこの身が必要とされておるようにござりますゆえ」
「では、しばらく動かないでください」
俺はそっと宗滴の腹部に手を当てた。
やがて、掌から淡い光が放たれる。
宗滴は、その光に包まれながら、温かな感覚とともに、身体の中にあった重さが消えていくのを感じた。
しばし沈黙ののち、宗滴は深く頭を下げる。
「この御恩、決して忘れませぬ。必ずや、何らかの形でお返しいたしまする」
「それでは……当家と朝倉家が、末永く良い関係を築けるよう、お力添えいただければありがたく存じます」
「ふふ、交渉もお上手ですな。承知いたしました」
その日の午後――
元気を取り戻した宗滴は、うちの武将たちと槍の稽古を始めた。
伝説の武将から直々に手ほどきを受けられるとあって、武将たちは大喜び。
我も我もと挑みかかるものの、20秒以上打ち合いを続けられたのは、森可成ただ1人だった。
さすがだ、可成君。君をスカウトしておいて本当によかった!
翌日になっても、武将たちは熱心に宗滴のもとへ通い詰めていた。
その温厚な人柄と、誰に対しても誠実に耳を傾ける姿に、気づけば「このまま北畠の相談役に残ってくれたら……」と本気で願ってしまっていた。
1か月の滞在のあいだ、希望する武将全員に稽古をつけてくれたらしい。
その成果は大きく、特に森可成の成長は目覚ましいとの報告があった。
まさに“槍の達人”への道を歩み始めたか。
***
――ところで。
祝言のとき……松永久秀も俺に祝辞を述べてくれた。まあ、当然か。
俺は宗滴のときと同様、三好家とも親睦を深めようと軽く話題を切り出そうとしたのだが……
久秀は、俺が話すよりも先に、当たり前のように自分の話を始めた。
質問は受け付けません、という姿勢。いや、面倒くさい奴。
焼き物の話などを延々と話していたが……目が怖い。じっと俺を見つめるその視線に、心の中まで覗かれているような気がした。
結論……この人とは友達にはなれそうにありません……。
とはいえ、俺も笑顔で適当に話を合わせておいた。
他の人もきっと同じように感じているだろう。
久秀は三好家の家臣たちと上手くやれているのだろうか? 余計なお世話だが、少し心配になる。
その後も久秀は、うちの重臣に酒を注ぎながら、さりげなく情報を引き出そうとしていた。
まったく、油断ならない奴だ。
そう感じたのは俺だけではなかったろう。うちの重臣たちも皆、油断ならぬ相手を前に、鋭く警戒心を働かせている。伊達に俺の側近を務めてはいないのだ。
久秀さん、仕事熱心なのは分かるけど、忠義を尽くすなら、もう少し猫をかぶった方がいいと思いますよ。
柳生宗厳からは、今は筒井家に臣従しているためすぐには無理だが、筒井家が他家と戦になり、縁を切るタイミングがあれば北畠家に仕えてもよいと言われた。
でも三好が攻め込むのはだいぶ先だろう。
あんまり先だと、忘れそうだな……。
もう冨田さんもいるし、正直、もういいかな。




