52話 祝言外交
天文10年(1541年秋)――10歳
長野業正のもとに居候していた真田一族が――なんと、まるごと俺のところに来てくれることになった。やったね!
真田幸隆は、俺の中でかなり“できる男”という評価だ。戦の才だけでなく、政治や経済にも柔軟な発想を持っている。勘助と並ぶ逸材として、軍師にとどまらず、多方面での活躍を期待している。
まずは“俺が目指す国づくり”と“家臣に土地を与えず、役職と仕事に見合った収入を銭で支払う仕組み”について理解・納得してもらう。
その後は学校や産品の開発、港の整備などを見て学んでもらう予定だ。
その後は、実際に運営中の学校、産品開発、港の整備――そういった現場を一緒に回ってもらって、見て学んでもらう予定だ。
その上で、実際に仕事を任せてみて、間違っていれば俺が直接フォローする。いわゆる“オン・ザ・ジョブ・トレーニング”ってやつだ。
まあ、幸隆ならきっとすぐに馴染んで、バリバリ戦力になってくれるはず……たぶん。まあ、まずは本人に会ってからの判断だけどね。いや、きっと大丈夫だと思う。
あと、もう一つ大事なお知らせ。
あの瑶甫恵瓊――のちの安国寺恵瓊――くんが、安芸国から逃げてくるところを、うまく保護できたのだ。
スカウトというか、保護したという感じだな。まだ3歳児なので、保護者も必要だ。
しばらくは何も気にせず、伊勢でのびのびと育ってもらおう。
将来的には、北畠家の外交官として活躍してもらうつもり。
その育成は、真田幸隆にお願いしようと思ってる。長期育成プロジェクト、始動だ。
それにしても、真田家の子孫は優秀な人材が次々に出てくるんだよな。絶対に、教育方法に秘密があるに違いない。これはもう、ぜひ俺も教わらねば!
伊賀上野城では、桔梗と桜との祝言が、滞りなく――というか、滞りようもなく、盛大に執り行われた。
転生後、初の結婚式。正直、ちょっと緊張する。
前世では一度も経験のないイベントなんだよ。
本当はさ、家族と重臣だけで、こぢんまりと――のんびりと、しみじみとやりたかったんだ。酒でも飲みながら、軽く笑って泣いて、ってね。
……が、勘助が言うには。
「これは貴重な外交の機会。諸勢力への示威でもありますぞ」
えぇ〜……“祝言”まで戦略の一部なの?
戦国時代、本当に息が抜けない。
いつになったら、平和にのんびり暮らせるんだろう。
……いや、そもそもそんな日は来るのか?
三好家からは、なんとあの“爆死男”で名高い松永久秀がやってきた。
予想外だったけど、ありがたい。
三好が、うちと敵対しようとは思っていなさそうなだけでもいんじゃない。
朝倉家からは、これまた有名な“老練の知将”・朝倉宗滴が顔を出してくれた。貫禄たっぷりで、場が引き締まる。
六角家? うん、あそこは完全にスルーしてきた。
まあ、想定内だし、来なくて良し。
柳生家からは、噂の剣豪・宗厳が来てくれたのは嬉しい誤算。
このご縁を大切にしたい。
そして、公家界からは、我らが営業担当?
山科のおっさんがしっかり(図々しく?)参戦。相変わらず鼻が利く奴め。
ちなみに、銭の匂いを嗅ぎつけて、ずいずいっと列席にねじ込もうとしてきた他の公家連中は、全部きっぱりお断り。
遠慮なくシャットアウトさせてもらった。
公家って……変なのが多いのよ。
だから付き合いは、山科限定。あれ以上はいらない。
三好家や朝倉家とは、今後のことを考えると、最低限の友好関係は保っておきたい。こういう場で少しでも親睦を深めておくのは、外交としても重要だよね。
両家とも、こうした“祝言外交”の意図を十分に理解していたのだろう。
わざわざ重臣クラスを送り込んできたということは、「北畠家とは、今後も友好関係を築いてもよさそうだな」という無言のメッセージだと受け取りたい。
なかでも……なんといっても、朝倉家からの来賓、宗滴さんが来てくれた。
齢60を超えてなお現役、戦国ファンなら誰もが知る“レジェンド・オブ・智将”。
この人が目の前に現れて、俺に祝いの言葉をかけてくれている。
……ちょっと感動する。
宗滴は、越前・朝倉家を支える柱であり、戦国の荒波をしたたかに渡り歩いた老練な智将。
戦場でも交渉の場でも切れ味鋭く、武田信玄でさえ「宗滴がいるうちは越前に手を出すな」と部下に命じたほどの人物だ。
内政・文化・戦略、すべてに通じた万能型の軍師であり、スーパー武将――
いわば、戦国時代の“スーパースター”だ。まあ、信長の一世代前の人になるけどね。
そんな人から、にこやかに「おめでとうございます」と言われたら……そりゃもう、嬉しいに決まってるじゃない。
このご縁、大事にしたい。宗滴を通じて、朝倉家とのパイプを太くしておこう。
まずは――笑顔で丁寧にご挨拶。
うん、基本だ。こういうの、ちゃんとやらないとね。
宗滴は、にこやかな表情を崩さず、俺の目をじっと見つめていた。
まるで穏やかに笑いながらも、内心でこちらの芯を探り、値踏みしているような――そんな目だった。
ただの子供を見る視線じゃないね。
この男、本気で俺を見ている。人物鑑定してるぞ。
背筋にわずかな緊張が走る。
伊賀の地を豊かにし、名門・北畠家を打ち破ったという噂が真実であるならば……
――この少年、ただ者であるはずがない。
ひょっとしたら、乱世の行く末を左右する存在となるかもしれぬ――。
宗滴の眼差しには、そうした思惑がにじんでいる気がした。
視線の奥にある知略の渦が、じわじわとこちらに迫ってくる。
(うわ……めっちゃ見られてる。やりにくい……)
心の中でそう呟きつつ、俺も黙って見られているだけじゃ癪だと、ふと“例の力”で宗滴の体内を探ってみた――
……その瞬間、引っかかる感覚があったのだ。




