50話 銃剣術とナイフ術
天文10年(1541年夏)――10歳
森可成に冨田の脇差と剣を預かってもらったあと、俺は静かに冨田に歩み寄り、その目を見つめた。
水晶体のあたりが、うっすらと白く濁っている――明らかに、白内障の兆候だ。
「これは……白内障の初期症状だな。このまま放っておけば、やがて視力を失うだろう」
俺の言葉に、冨田はわずかに目を伏せる。
「やはり……見えなくなるのでござるか」
「伊賀まで足を運ばれたのだ。治してみるか」
「治る……のですか? 不治の病では……」
「普通ならそうかもしれんが、俺なら……治せるかもしれん。もちろん、うまくいかぬこともある。恨みっこなしだぞ?」
冗談めかしながらそう言って、俺は手を冨田の目元へとゆっくり近づけた。
「動くなよ……今から、お主の目のすぐそばに手をかざす」
冨田は微動だにせず、俺の手を受け入れる。
次の瞬間――俺の掌から、淡い金色の光がふわりとあふれ出した。
冨田は思う。
(……なんと、心地の良い光だ)
まるで春の日差しに頬を撫でられているような、穏やかで、あたたかな光。
数秒のことだったが、永遠にこの光に包まれていたいとさえ思った。
「……よし、終わったぞ。たぶん、治っているはずだ」
俺がそう声をかけると、冨田はおそるおそる、ゆっくりと目を開けた。
そして、見えた。はっきりと。
これまで白く霞んでいた世界が、嘘のように鮮明に、輪郭を取り戻している。
冨田の頬を、涙が伝う。
目を閉じ、手で顔を覆っても、嗚咽は隠せなかった。
剣を生業とする者にとって、視力は命だ。その重みを、俺は痛いほど分かっている。
森可成と工藤も、その様子を黙って見守っていたが――
やがて、ふたりとも驚きに満ちた視線をこちらに向けた。
(……神童と聞いてはいたが、これほどとは……)
(奇跡だ……この方は神童ではなく神なのか)
静かな空気のなかに、言葉にならぬ感動が満ちていた。
森可成と工藤は、冨田の癒された姿を見つめながら、静かに思った。
“戦をなくし、民を幸せにする”と神と約束した――あのお言葉は、決して絵空事などではなかったのだな。
これほどの力を持ち、それを己のためではなく、人々の未来のために使おうとされているとは。
(このお方が、本当に神の使命を受けておられるのなら――その使命を支えることは、我らにとって最大の誉れではないか)
(我ら……良き主君に仕えることができた)
(これ以上の幸運が、果たしてあるだろうか)
冨田もまた、同じ思いに包まれていた。
「冨田、目だけじゃないぞ。体の方もついでに整えておいたぞ」
「ははっ、有り難き幸せ……体の芯から力が湧いてくるようでござる」
「それは良い。早速だが――我が軍の調練を視察してきてくれ」
「それと……俺はな。槍や刀、弓といった伝統的な兵種に“銃”を組み込んだ新しい軍編成を考えている」
「銃兵といえど、乱戦になれば接近戦を避けられん。そこで“銃剣”――つまり、銃の先に短い槍のような刃を取りつけて、白兵戦にも対応できるようにしたいのだ」
「お主には、槍や刀の指南だけでなく、その“銃剣術”なる新武術を考案してもらいたい。目標は、我が軍の銃兵を近接戦でも最強にすること。どうだ、できるか?」
冨田は一拍の間を置いた後、にやりと笑った。
「面白い……面白すぎまする! 新たな武術を一から考えるなど、武芸者冥利に尽きる仕事。喜んでお引き受けいたしとうございます!」
「それから、もう一つ頼みがある。忍びで構成した“特殊部隊”を立ち上げていてな。彼らは、城壁を登ったり狭所で戦ったりするため、小太刀よりもさらに短い“ナイフ”と呼ばれる武器を使っている」
「この“ナイフ”に特化した近接戦闘術――“ナイフ戦闘術”を、新たに編み出してほしいのだ。突きと切りを重視し、素早い制圧を可能とするような……」
冨田の目がさらに輝きを増す。
「なんと……この伊賀に来たのは、まさに我が運命! ぜひ私にやらせてくださいませ!」
熱のこもった言葉に、こちらも嬉しくなる。
「よし、屋敷を一つ用意してやろう。家族や一族郎党も遠慮なく呼び寄せるといい」
森や工藤も顔を見合わせ、満足そうに頷いている。良い人材を迎えられたと、皆が確信していた。
(もう柳生、いらないかもな……)
ライフル隊に銃剣術、特殊部隊にナイフ戦闘術――部隊がどんどん強化されていく。どうなるか、楽しみでしかない。
(ナイフ戦闘術、俺も教わってみたいな……でもどうせまた「殿には才能が……」って言われるんだろうな)
小さくため息をついてから、俺は自分に言い聞かせる。
(まあいい、俺は“将の将たる劉邦さん”ポジションでいこう)




