49話 小太刀の剣豪
天文10年(1541年夏)――10歳
今のうちに、兵や将の個々の戦闘能力を底上げしておきたいところだ。
となれば、やはり剣術や槍術の“指南役”が欲しくなる。
……まあ、俺自身には必要ないけどね。
道順からは「殿にはその方面の才能は皆無です」と、きっぱり断言されているし。
それはさておき――
もしも柳生宗厳、後の石舟斎が家臣になってくれたら……うれしいなあ。
前世でも、柳生新陰流にはずっと興味があったし、仕事に余裕があれば本気で習いに行きたかったくらいだ。
……ただ、宗厳の父親である柳生家厳は、最近になって筒井家に敗れて家臣入りしたばかり。
そのタイミングでうちに来てくれ、なんて……いくらなんでも……あれかな。
それより少し気がかりなのは――
武術家というのは、だいたい「我こそ武士の中の武士」みたいなプライドの塊だったりする。
「武士の家ならともかく、忍びの家なんぞに仕える気なぞない!」
とか、あっさり言われそうな気もする。
……いかん、いかん、先入観はいかん。
俺が偏見を持ってどうする。先に心折れてどうする。
ま、ダメ元で声をかけてみよう。
「殿! 冨田勢源と名乗る人が、殿にお会いしたいと参られております。冨田殿は小太刀を得物とする武芸者だそうです。客間にお通ししております」小姓の藤林保正が知らせてくれる。
道順に才能ありと言われた保正には、小姓兼護衛として働いてもらっている。
俺は客間へ向かう。
おぉ〜、剣客来た……しかも小太刀使い! いいじゃない、こういうの待ってたよ!
というのも、我が軍には“銃剣術”が必要なのだ。
ライフル隊ってやつは、遠距離でこそ輝くが、一度接近戦に持ち込まれたら……逃げるしかないのだ。
でもね、それじゃ困るのよ。
近づかれたら、逃げの一択はなんとかしたいわけよ。
というわけで、俺はすでに“チーム村正”に依頼して、ライフル先端に装着可能な銃剣の製作を進めていたりする。
これがまた、短槍としても使える優れモノ。
近接戦でも多少は抵抗できるようになるはずだ。
……で、ふと思い出すのが、あの真田幸隆。
たしか今年の春、信州から武田に追い出されて、今は上野の長野業正のもとに身を寄せていたはず。
これはチャンス!
さっそくオヤジたちにお願いして、“真田家リクルート作戦”を開始することにしよう。
なんたって真田家は、後々まで“有能遺伝子の宝庫”として知られる名家だ。
子も孫も優秀。あの育成メソッド、ぜひ盗……いや、学ばせていただきたい!
……そんな妄想混じりの戦略を頭の中で展開していたら、突然背後から声が飛んできた。
「殿! ニヤニヤして何をお考えですか?」
振り返ると、保正が不審そうな目でこちらを見ていた。
しまった。思考が完全に“外”に漏れてたらしい。
俺は上座に座るが、後ろには道順が控えている。
懐には拳銃を携帯。
俺の斜め前には、急遽呼び出された森可成と工藤祐長が座る。これで防衛体制は十分だ。
冨田勢源はなんといっても“剣客”だからね!
「冨田殿! 御用件を伺いましょう」
冨田の話も長いわ……山科のおっちゃんを思い出した。
要はこういうことらしい——
小太刀の達人として、かつては朝倉家に仕えていた。
だが、ここ最近になって視界がかすむようになり、思うように剣を振るえなくなった。
「このままでは、弟子たちを正しく導くことすらできぬ」——そう悟り、無念のうちに職を辞したのだという。
そんな折、「伊賀に万病を癒す神童あり」との噂を耳にし、
まさに藁にもすがる思いで、この地を訪ねてきたというわけだ。
「……果たして、この目の病が癒えるかどうか。それを確かめたくて参ったのでございます」
「治せるかどうかは、やってみなければ分からぬ」
俺は静かにそう答えながら、ひとつ確認しておきたくなった。
「もし癒えたら……おぬし、また朝倉に戻るのか?」
男は、迷いなく首を振った。
「いえ……この目、もし癒えましたならば、北畠家のお役に立てればと、心より願っておりまする。このたびのご恩、剣をもって、必ずやお返しいたしまする」
言葉に偽りはない。
朴訥な語り口の中に、剣士としての誇りと、救いを求めてきた者の覚悟が、はっきりとにじんでいたのだ。




