43話 北畠の敗因は?
天文9年(1540年夏)――9歳
伊賀軍本隊3,000人は、ついに伊勢へ到達した。
勘助の緻密な指揮のもと、田丸城、松坂城、木造城といった要所の制圧は、実に手際よく進んでいる。
北畠一族および一門衆は、すでにこの世にはいない。
あとは各城の接収を粛々と進めるだけだ。
抵抗の芽も、もはや残っていないだろう。
これらの戦の進捗状況は、俺がいる上野城まで“忍者速達便”で随時届けられている。
足の速い忍びたちを選抜して編成した、いわば“戦国情報伝達システム”――これが実に便利で頼もしい。
伊賀軍が北畠領を占領したという報が届と、城に残る家族や文官、武官たちの顔に安堵と歓喜の色が広がっていく。
「よかった……本当によかった……」
目に涙を浮かべながら、母や桔梗や桜たちが胸に手を当てて深く息をついた。
「伊賀は強い! 北畠なんかにやられはしない。」
そう言って笑いかけると、幸が駆け寄ってきて、俺の袴にしがみついた。
「兄さま、伊賀は勝ったの?」
「そうだ、家臣のみんなと兵たちがよく頑張ってくれたぞ」
まずはこの知らせを、いち早く村々に伝えなくてはならない。
北畠が攻めてきたことで、不安になっている人々を安心させる必要がある。
その後、城内の主だった面々を広間に集め、ささやかではあるが、勝利を祝う席を軽く設けた。戦はまだ続くかもしれないが――この日ばかりは、束の間の平穏を喜び合いたかった。
今回の戦の勝利は圧倒的だった。
北畠に完勝した伊賀に、そう簡単に手を出そうと思う者はいないだろう。
“伊賀は強い”という印象を、ヤクザどもにしっかり刻みつけることができたと思う。
だが、ただ喜んでばかりもいられない。
今回の敵である北畠家は、なぜ戦に負けたのか――その原因をしっかりと考察しておく必要がある。
何といっても、前世では俺はただの研究者であり一般人。
軍人ではないからね。
今回の戦では、北畠当主は序盤において、慎重に敵の出方や兵力を確かめる必要があった。しかし、伊賀を侮ったことで“いきなり総攻撃”という誤った判断をしたのだ。
家臣たちは当主の命令に命を賭けることが、忠義と考えている。
黙って当主の命令に従う。文字通り彼らは、当主の命令に命を懸けたのだ。
しかし、当主の間違った判断に対して、家臣はしっかりと諫言するべきだった。
(もちろん、そうされていたら伊賀軍は大いに苦戦したのだが……)
“算多きは勝ち、算少なきは勝たず”とか、“敵を知り己を知れば百戦危うからず”は、俺でも知っている“孫子”の兵法。
それ以外は知らないけどね……
“算多きは勝ち、算少なきは勝たず”は、“どれだけ準備したかが戦争の勝敗を決める”ということだ。
もう俺は準備しまくったからね。
銭も兵も、優秀な将も軍師も、武器もね。
北畠のことも調べた。準備は万端だったはずだ!
北畠はどうだ……伊賀を、忍びを、侮って何もしていなかったはずだ。
戦にかかる銭まで、商人からの前借りだしね。
“敵を知り己を知れば百戦危うからず”はどうだろう。
北畠は、戦を始める前に、伊賀について、何にも調査していなかった。
もし調査していれば、伊賀軍の保有する武器の危険さを知ることができたはず。
それに対する対応策も検討できただろうし、その準備をすることができたはず。
それに伊賀軍にとっての最大の弱点である――“今回の戦が、武将も、兵も初陣”だということを知ることができただろう。
俺なら、必ずその弱点を突いただろう。
また、銃に対しては頑丈な盾を用意するとか、爆弾に対しては、密集陣形を作らないとかね。少しでも伊賀軍の武器の優位性を少なくするべきだった。
つまり、北畠は負けるべくして負けたということだ。
とはいうものの、北畠が伊賀のことを調べようと思ったとする。
敵国を調べる専門家は忍者だ。奴らが手駒にしていた忍者は、まさに我ら伊賀忍者なのだ。
その伊賀忍者と戦をするのだ。伊賀のことを調べようとしても、調べられないのは当たり前か! しかし甲賀に依頼するという手もあったかもしれない。
いろいろ考えると……伊賀国の持つ最大の軍事的な優位性は、多くの忍びを活用し、“敵軍のことを徹底して調査できること”、そして“自国のことは一切調べさせないこと”のようだな。
この軍事的優位性は、今後も大いに活用すべきだな。




