31話 伊賀守叙任と焼酎外交
天文8年(1539年秋)――8歳
あれからほどなくして、山科のおっさんから連絡が入った。
『主上は、伊賀での善政をたいそうご評価あそばされたでおじゃる。伊賀守の件、なんとかご裁可いただいたでおじゃるぞ。それと……土産の焼酎が殊のほかお気に召されたようでの……』
(文面から、例の「ホホホ」が脳内再生されたのは言うまでもない)
俺はお礼の文と一緒に、山科のおっさん経由で主上に米焼酎を10樽、きっちり献上しておいた。
「すべて込み込み、追加なしで1500貫です」とあらかじめ釘も刺してある。これ以上の謝礼なんて、必要ないはず――なんだけどな。
(……まさかとは思うけど、追加をお待ちですか?)
(気のせいだな。気のせいってことにしておこう)
『麿は、まことに骨を折ったのじゃぞ。追加の褒美など……ないのかえ?』
――そんな空気をひしひしと感じるような……いやいや、気のせいだ。
(こういうのは、気を回したら負けだ。知らぬ顔して黙っておくに限る)
ちなみに、山科のおっさんに渡した米焼酎は、前回、持って帰ったお土産のそば焼酎とは違うやつ。
オヤジが愛飲しているドブロクを、酒蔵から大量に買って蒸留したものだ。
試しに作った米焼酎は50樽。そのうちの10樽を献上した。
試作した米焼酎――これが、なかなかの出来。
個人的には「もうちょっと熟成させた方がいいかな」と思うが、それはあくまで前世で飲んだ旨い焼酎と比べた話だ。
オヤジたちからは、“文句なしのAAA評価”をいただいている。
やっぱり米の焼酎は舌に馴染むのか、好評ぶりは上々だ。
このまま米焼酎を主力にしていくという手もあるが……問題は、米は食料として貴重品ということだ。さすがに、飲むために大量に使うわけにはいかない。
麦と蕎麦の焼酎についても、オヤジたちは「旨い」と言ってくれている。
しかし、本当に旨い焼酎に仕上げていくには、もう少し試行錯誤したいところだ。
そういえば、前世の記事で『後奈良天皇は清廉潔白な人柄だったが、その分お金では苦労していた』と読んだことがある。
何でもアリ、やりたい放題の戦国時代において、こういう人は大切にしないといけないだろう。貴重な存在だよ。
主上には、これからも時々焼酎を贈っておくことにしよう。
朝廷から伊賀守を叙任されたことで、家臣たちやオヤジたちが喜んでいる。
忍者の嫡男である俺が伊賀国を治めるという“大義名分”を得たのだ。
オヤジたち、泣いてたな。
過去の辛い歴史があるからこそ、なおさらだろう。
いろいろな出来事が思い出されたことだろう。
俺もその気持ちが分かる。
しんみりとしていたら……
伊賀守の叙任話を肴に、昼から3人で飲み始めてる!
オヤジたち、今日は仕事しないつもりなのか?
まあ、大目に見てやろうか……。
前世のサラリーマンみたいに、キッチリカッチリを仕事を持ち込んでも大した意味はないからな。
そういえば、かつて道順に「伊賀は貧乏なのか?」と尋ねていた頃を思い出した。
オヤジたちも、俺の話は半信半疑だっただろう。
(よくぞ、俺を信じてくれた……オヤジたちには感謝しかない)
母も、幼い婚約者たちも大喜びしている。母が喜んでくれてることが一番嬉しいかな。
みんなが明るい気持ちになってる。
カメラがあれば、皆なの顔を写真に撮って回りたいくらいだ。
だが――
伊賀守をもらったからといって、伊賀の安全が保証されたわけではない。
何も変わっていない。むしろ伊賀の目立ち度が上がった分、危険度が増したともいえる。
周囲はろくでもないヤクザ大名ばかり。
(さっさと強兵を進めないと、伊賀なんて一気に飲み込まれてしまう)
そんな幸せ気分に水を差すように、最も来てほしくない相手が現れる――
北畠から使者が来たのだ。




