30話 ホホホ交渉
天文8年(1539年夏)――8歳
官位をもらうための伝手が、向こうからやって来た……
(やはりこのチャンスを無駄にはできない!)
勘助の方を見やると、言葉こそ発さぬが、
『それです、それです、まさに渡りに船――鴨が葱を背負って参りましたぞ!』と、目で訴えてくる。
それにしても、あのおっさん……ずっと黙ってるな……
動きもしない。
(も〜、いつまで黙ってるつもり?)
よし、こうなったらこのおっさんが喋るまで、こっちも黙っていてやろう。
我慢比べなのか?
四半刻が過ぎた頃――
「おほん、本日は主上への献金のお願いに参ったのじゃ」
お〜、やっと喋った!
(マジで成仏しかけてんのかと思ったぞ)
本来なら「ハハァ〜」と土下座でもして然るべき場面なんだろうが――
(いや、公家ごときにそこまで下手に出る理由はない)と心の中で却下。
代わりに、極めて事務的に「それで……?」とだけ返してやった。
「ん……」
予想外の反応に、相手は明らかにペースを乱した様子。
案の定、またしても気まずい“長考タイム”が始まった……。
(こっちは忙しいんだよ……さっさと口を開け、公家さんよ)
たぶん、こっちから金額を言わせたいんだろう。
(へぇ……なら、ちょっと遊んでやるか)
そもそも金が欲しいのはそっちだろ? それ、俺の財布から出るんだぞ?
こうなったら、向こうが折れるまで無言を貫いてやろう。
……にしても長い。これ、もはや我慢比べか?
そんな静寂を破って、あのおっさんが突然、口元に扇を当ててニヤリ。
「いくらでも良いのだぞ、ホホホ……ホホホ……」
お、やっと喋る気になったか。
しかし、時間が本当にもったいない。
「1貫では、いかがでしょうか?」
「それわ……ホホホ……ホホホ……ホホホ……ホホホ……」
ホホホの連打だ。
(何回ホホホ言えば気が済むの……この人……)
仕方ない。少しへこませてやるか。
「伊賀は貧しいのです。なぜなら都から流民がたくさん来ているからです。本来は朝廷、あるいは幕府が都の民を保護すべきと思いますが……!」
「見かけによらず、なかなか厳しいの……」
(帰るかと思ったら、帰らんのかい!)
「官位はいらんのかな? ホホホ……ホホホ……」
「伊賀守なら、頂いてもいいかと存じます!」
「“頂いてもいい”とはなんじゃ! ……まあ良いわ。それで、いくら出せるのじゃ?」
「ですから、伊賀は貧乏です!」
「5,000貫でどうじゃ?」
「高すぎます! 流民の件をお話ししましたよね?」
「では、2,000貫でどうじゃ?」
「500貫ならなんとか」
「では、1,500貫でどうじゃ?」
「すべて込み込み、追加なしの1,500貫でお願いします」
「分かった。渋いのう……1,500貫で従六位下・伊賀守を主上に上奏しておく」
「ありがとうございます。お土産として伊賀で造ったそば焼酎を5樽ほど、お持ちください」
「……また来るぞ」と言い残して、スタコラサッサと帰っていった。
用が済んだら早いんだ……
やり取りを見ていた勘助、公家相手にあんな交渉で大丈夫かと目を白黒させていた。
しかし、山科のおっさんが帰った途端に、交渉の成果に大喜び。
この時代の人たちは、公家のことを“貴種”として尊ぶらしい。
(あんな生き物を尊べるかよ……ホホホ星人かと思ったぐらいだ!)
(俺でも、ホホホは言えるぞ!)
それにしても、いずれはちゃんと作法を身につけた外交要員が必要かもしれない。
今回は良かったが、公家にキレられても困るしな……
公家には坊主?
安国寺恵瓊――2年後くらいに安芸武田氏が滅びて、出家して無職になる。
(とはいえ、まだ彼は幼児だけどね)
でも、オヤジたちにゲットするよう伝えておこう。
そういえば、影が薄いけど“伊賀守護”に仁木刑部大輔っていたな。
こいつ、細川から命令されて、付き合い戦ばっかりやってるらしい。
人がいいのか馬鹿なのか……うちは完全に無視一択だけどな。
たぶん戦で金がなくなってるはずだ。
“正直屋”から“高利”で金を貸そうかな?
そうか、“正直屋ローン”……もアリかもね。
高金利の支払いがニッチもサッチも行かなくなったら、
もうこっちの言いなりだろう。
こいつを、公家との繋ぎの外交官にするのもアリだな。
勘助に相談してみた。
すると、ニヤリと笑ってこう言った。
「使えなくなったら、守護職も取り上げましょう」
(……悪いやつだな……)
まあ、ここは戦国時代だ。きれいごとだけじゃ生きていけない。
……気づけば俺も、だんだんと“戦国ヤクザ”に染まりつつある気がする。




