29話 公家との初対面
天文8年(1539年夏)――8歳
上野城の建設が進んでいる。
城が完成するまでは、外堀の内側に建てた仮住まいの屋敷に、我らは住んでいる。
仮の屋敷といっても、今まで住んでいた百道屋敷の数倍の広さがある。
(百道屋敷は……なんせボロかったからな……比較にならんくらい立派だ……)
仮住まいの屋敷だが、俺の家族と、婚約中の桔梗と桜も一緒に住んでいる。
桔梗と桜には読み書きの練習が始まっていて、俺はそこに加えて計算も教えている。
教師役は俺。もちろん「楽しみながら学ぼうね」を意識して、和やかに進めている。
いずれは妻たちに内政を手伝ってもらいたい。
だから計算だけじゃなく、簿記も教えるつもりだ。
できれば、数学と呼べるレベルにまで到達してほしい。
英才教育はするけど、無理はさせない。しかし、為せば成るのだよ。
(俺が留守のときに、内政を任せられるようになってくれたら心強い)
そこへ、勘助が俺の部屋にやってきた。
「殿。今後のことを考えると、伊賀を治める正当性があった方が良いかと存じます。幕府から伊賀の守護職をいただくか、朝廷から伊賀守を賜るのが望ましいかと」
「権威も武力もないアホ幕府に、守護をもらっても仕方がない。朝廷から伊賀守をもらった方がいいと思う。だが、伊賀守って……どうやったらもらえるんだ?」
勘助によれば、伊賀国は“下国”扱いなので、官位は従六位下で十分らしい。
従五位以上になると昇殿が許される身分だから、従六位下はさほど高い位ではないとのこと。
でも俺……武家でも公家でもない。忍者の倅なんだぞ……大丈夫なのか?
官位なんて本当にもらえるの……?
(勘助が言うには、朝廷は万事“……銭……次第”らしい)
本当かよ? 銭、銭、銭なのか!
そうだとしても、官位の交渉をするには、朝廷との伝手が必要になる。
(どうするかな……)
勘助とそんな話をしていると、下女が来客を知らせにやってきた。
前世で見ていた時代劇だと、こういう場面では小姓がスタスタと走ってきて「殿、来客でございます」って感じなんだけどな……。
(やっぱり小姓がいた方がそれっぽいよな)
そういえば、森さんとこの子供の蘭丸君……あっ、ダメか。
まだ生まれてないじゃん。
そうだ、藤林保正に頼んでみるか。
そんな空想ごっこをしていると、来客がどんどん屋敷の奥へと進んでくる。
(なんだ……勝手にどんどん……曲者か?)
勘助とともに刀に手をかける。
部屋に当たり前のように入ってきたのは、公家の山科言継という人物。
(こいつ、勝手に人の部屋に入ってきて、しかも当然のように俺の上座に座ったんだけど……)
公家って、こんな感じの生き物?
現代人の俺には、この時代の人のように公家を敬う気持ちはまったくない。
だからこそ、その異質さが際立って見える。
(なんか……よく分からない生き物が、俺の前で勿体ぶって長々と話してるんだが……)
もちろん、勝手に話し始めてるわけだが、要は――後奈良天皇のために全国を回って、有力大名から献金を集めているって……話のようだ。
(話、長い……)
少しムッときた。
しかし、ここは大人になって我慢……
いや、俺はまだ子供か。我慢しなくていい年頃だがな……
「それで、本日はどのようなご用向きで?」とやんわり話を急かしてみる。
「伊賀国が豊かになったと聞いての……ホホホ……ホホホ……」
……おっさん、沈黙。
(おっさん……もしもし? なんか喋れよ)
固まってる。フリーズか? 壊れたか?
(頭、叩いてみるか?)
このおっさん、動かないし、ずっと黙ってるんだが……
(何しに来たの? 何がしたいの?)
……シーン……もしもし……生きてますか……
(俺……なんか眠くなってきた。横になって寝てもいいかな……)




