22話 行商人の驚き
天文7年(1538年冬)――7歳
この伊賀を通り抜けて、近江まで下れば京まではあと少し……
京の店に帰れるのは良いのだが、問題は仕入れた古着が結構売れ残っちまっていることだ。
それにしても伊賀は変わってきたな! 空き地という空き地が畑に変わっている。
少し前に通った時には、食うや食わずのヨレヨレ村人が、道端に座り込んでいるような所だった。
昔は、この村を通るのが嫌だった。関わりたくなくて、小走りで通り抜けた思い出があるんだよ。
それが、今はどうだ!?
道端に座り込んでる奴なんて一人もいない。
代わりに、道端で楽しそうにおしゃべりしてる村人たちがいて、しかも顔色がみんな異様にいい。笑顔がまぶしいじゃないか!
そんな村人たちが、俺に向かって手招きしてくる。
伊賀といえば“追い剥ぎ”というイメージがこびりついてるもんだから、反射的に身構える。
顔までこわばってしまう。
でも村人は――笑顔。
「小綺麗な古着、持ってないか?」だってさ。
……いやいや、油断するなよ!
(こいつら、本当に銭を持ってるのか?)
「古着はな、程度にもよるが、一着10文から20文だ!」と強めに言ってみる。
すると――
「それなら4着ぐらい欲しいから、見せてくれないか?」ときた。
(待て待て、これ見せた途端に“盗賊”に切り替わるんじゃないのか?)
(なにせここは伊賀。かつては“飢えた野獣の巣窟”だったんだぞ!?)
念のため聞いてみたさ。「……銭……あるのか?」
「心配するな、銭ならあるぞ。商品を早く見せてくれ」
俺は道端にゴザを敷いて、古着を見せることにした。
「これと、これと、これと、これ、それぞれいくらだい」
「10文と、10文と、15文と、15文になります」
なんとか商売になりそうだな。
(そうだそうだ、どうせ村人なんて、ろくに数字も数えられんだろ。いつものように、ちょいと“上乗せ”させてもらうか!)
ニヤリと笑って、「はい、お代は100文になります〜」としれっと言ってみた。
すると村人、隣にいた子どもに尋ねた。
「なあ、お前、これ計算合ってるか?」
すると子ども、得意げに答える。
「え? 4着で50文だよ。なんで100文なの?」
……えっ?
(ちょ、ちょっと待て! なんでこんなガキが計算できてるんだよ!?)
ギクッとしながら、つい声が裏返る。
「ご、ごめんなさ〜い! ちょっと計算間違えただけなんですぅ! す、すまん、ホントすまん!!」
慌てて謝りつつ、心の中はパニックである。
(な、なんだ? 伊賀で何が起こってるんだ!? なんで子どもが暗算できるんだよ!)
「俺の子は出来が良いので、学校に通っているんだぜ」
「学校とはなんでしょう?」
「伊賀の神童様が作ってくれたのさ。読み書きと算術を教えてくれる場があるんだってよ。それもタダ、タダだぞ! しかも出来が良けりゃ、神童様に“文官”ってやつに雇ってもらえるらしいのよ!」
(な、なんだって!?)
代金を受け取りつつ、そそくさと村を後にする。
(冗談だろ……あんな貧乏村で読み書き? しかもタダなんて?)
狐につままれたような気分で街道を歩いていると、次の村でも呼び止められた。
「おい、古着あるか? 買いたいんだが」
(またかよ……)
ためしに、村人が連れていた子どもにこう聞いてみる。
「この服、一着12文として、3着ならいくらだ?」
子どもは間髪入れずに答える。
「36文だよ! ……あ、でも、まけてくれるの?」
(ま、また正解しやがった!!)
思わず背筋がぞわりとする。
(なんでこんなガキが算術できるんだよ!?)
それにしても、村人なんかに、しかも子供なんかに、読み書きと計算を教えて何になるのだ?)
しかもタダとはどういうことだ? 神童様の考えることは分からねえ。
しかしこれは良い土産話だ!
この後も、通る村々で古着の手持ちがなくなるまで商売をすることができた。
「いったいどうなった伊賀の国! 飯が食えるし、学校もあるってよ!」の話に、他の行商人からの話がどんどん付加されていく。
「しかもな、あっちのガキども、暗算もできるらしいぜ」
「読み書きも、できるんだってな」
「うそだろ?」
「本当だって! この目で見た行商人が言ってたぜ!」
「伊賀には銭もある、学もある、村人の顔もツヤッツヤだってよ!」
「俺も伊賀に商売に行かなくちゃな」
そしてとうとう「伊賀が金持ちになったてよ!」という噂が、京の街だけでなく周辺国を駆け巡ることになるのだ。
一番流して欲しくなかった噂だ。
まあ仕方ないか。
だんだんと隠しようがなくなってきているからな!




