18話 忍びの情報戦
天文7年(1538年 春)――7歳
伊賀は、だいぶ豊かになってきたな!
儲けの大黒柱は、米の買い占めと転売だ。
言葉にすると簡単そうに聞こえるけど、実際はそんなに甘くない。
買い占めには大量の銭が必要だし、予想を外せば大損する。
しっかり確実に儲けるには、まず各国に派遣している忍者調査隊からの情報がカギになる。
「どの大名がどこに攻め込むか」
「戦になりそうな地域はどこか」
「昨年と今年の米の出来はどうか」――
そういった情報をいち早く入手するのだ。
忍者は元々、大名に雇われて情報を集めるプロだ。
精度も高く、情報収集のコツも心得ている。
そもそもこの時代、野盗や山賊なんて、そこら中にウヨウヨしている。他国との行き来だけでも命がけなのだ。そんな中、安全に情報を持ち帰れるのは忍者くらいのものだ。
ただし、持ち帰った情報をそのまま使うわけにはいかない。
「戦になる可能性はどのくらいか?」
「動員される兵の数は?」
そういった分析や予測が必要になる。
動員される兵の数で、用意する米の量も変わるのだよ。
籠城戦なんかは最高だ……米がいくらでも売れるからね。
こちらとしては大チャンスが到来する!
情報をいち早くつかみ、分析して意味のある情報に組み立て直す。
だからこそ儲かるのだ。
さらに、買い占め前に偽情報を流して米の価格を下げ、買い占めた後は別の偽情報で価格を吊り上げる――
それだけで利益は何倍にも跳ね上がる。
やり方が悪どい……?
ここは戦国時代だよ。きれい事だけじゃ、生き残れない世界なんだよ。
情報を制していれば、万が一損失が出そうになっても――
嘘の情報を流して、さっさと売り抜けることもできる。
そのためには、“ババを引かせる相手”をあらかじめ決めておく必要がある。
事前調査が重要。
「どんな偽情報が有効か?」
「どの商人に押しつけるか?」
つまり、“ババを引かせるリスト”の作成が大事。
もちろん、毎回同じ相手に押しつけてたらバレる。
ローテーションは基本だよ、ローテーションは。
堺の商人の皆さん、いつもありがとうございます。
皆さんのおかげで、こちらは毎度おいしい思いをさせてもらっています。
どうか――リスクヘッジ要員にされていることに、永遠に気づかないでください。
心より、感謝しております。
普通の商人がこれをやろうと思えば――忍者なんていないから、商人ネットワークから情報を買うことになるな。
港や大きな街には、もれなく商人たちがうようよいるからね。
でも、その情報って高いよ。しかも、間違った情報を掴まされたら大損確定。
やっぱり最後に頼れるのは、店主の勘と経験だろう。
リスキーだよね。一攫千金のチャンス……だけど、大金を投資して読みを外したら、破産一直線。
いやあ、商売って怖いねぇ。
今のところ、情報の分析はすべて俺の仕事。
面白くはあるけど、さすがに忙しい。
だから気の利いた若い忍びに分析のやり方を教えはじめている。
数学的な思考ができないと難しいので、適性のありそうな若者を選んで育てている。
数をこなせばそのうち慣れるだろう。とにかく早く育ってくれ。
でないと、俺が倒れてしまう。
だけどね、ここまで徹底してやってるからこそ――バカみたいに儲かるのさ!
苦労と悪知恵の結晶ってやつ。
***
さて、農業の方はというと――
米のほか、蕎麦と麦の作付けを進めている。
空き地はもちろん、山の斜面まで、植えられそうな場所には全部、作物を植えさせている。
最初は「余計な仕事が増えた」と村人たちはブーブー文句を言って、作付けを嫌がっていた。無理もない。これまでの農業は“やらされ仕事”だったからね。
気持ちの切り替えなんて、そう簡単にはできないのも仕方がない。
だから俺は、「これは豊穣の神様のお告げだ」と言うことにした。
この時代、神様が出てくると信心深くなるからね。すると途端に、みんな真面目に作業を始めてくれた。
蕎麦と麦は、年貢の対象からは外すことにしてある。
ただし飢饉対策として、収穫した分の半分は、強制的に各村で保存させている。
残り半分は俺が買い取る。これが農家にとっては貴重な現金収入になっている、というわけだ。
最初はあんなに嫌がっていたくせに、今では競うように作付けしている。
ようやく気持ちの切り替えができてきたのかもしれない。いい傾向だ。
やっぱりね――お金って、持ってみて初めてありがたみがわかるんだよ。
欲も湧いてくるし、それに比例してやる気も出る。服だって買えるようになるしね。
そうなれば、もっと稼ぎたくなる。
欲ってのは、悪いことばかりじゃない。活力になるんだ。
耕作にも自然と力が入るし、自分から工夫するようにもなる。
これまでの“イヤイヤ労働”とは、まるで別物だよ。
買い取った蕎麦や麦は、焼酎造りに使う予定だ。
伊賀の名産品になってほしい。
さて、大量に買い付けた牛や馬、鶏たち――
鶏は鶏舎で、牛や馬は牧場で、いま繁殖中だ。
まだ数が足りないから、食用は禁止。食うのはある程度増えてからだ。
いずれ南蛮人が貿易に来るようになったら、大型の馬を仕入れて、日本の馬と交配させるつもりだ。
軍馬用だ。大型馬での突撃――ロマンがあるね。
鶏舎や牧場の管理は、堺で奴隷にされていた人たちに任せている。
奴隷から解放されたことで、皆すごく張り切って作業してくれているんだ。
病気で弱っていた人たちには、俺の治癒スキルを使って治してあげたからね。
だから今でも、牧場に顔を出すと手を合わせて拝まれる。
ちょっと気恥ずかしいけど、まあ、悪い気はしない。
鶏舎や牧場の人たちは、本当によくやってくれている。
感謝しかないよ。




