161話 春日山城の夜襲
天文15年(1546年 秋)――15歳
幸隆と氏親が率いる北条軍は、越後に向かっている。
大島から直江津の港を目指して航行していた日本丸48隻は、蝦夷国で再度の補給をしながら、30日かけて直江津の港に到着した。
小田原城攻めに、長尾家や各地の小領主は総力を挙げて出陣しているため、越後にはそれぞれの居城を、少ない守備兵が守っているだけであった。
城で留守を守る者たちには、“出陣した兵がすべて討ち取られたという事実”は知らされておらず、勝利の吉報をひたすら信じて待つ日々を送っていた。
情報を知りたくとも、関東に入り込んだ長尾家の忍び・軒猿は、風魔により総て始末されていたのだ。
そんな中、北条氏親と綱成は、兵7,000人と風魔特殊部隊400人とともに直江津の港に下船していく。
幸隆は北条家の下船を確認すると、にこやかに言った。
「我らはこれより佐渡へ向かう。この港からそう遠くない島だ。佐渡の豪族どもを片付けたら、またここへ戻ってくる。――お互い、頑張ろうではないか!」
そう言い残し、幸隆の船団は静かに港を離れていった。
風魔特殊部隊400人は、迷いなく春日山城を目指して山道を駆ける。
人目につきにくい山間部を、音もなく、影のようにすり抜けていくその動きは、まさに忍そのもの。
驚異的な脚力と体力を活かし、大した時間もかけず、春日山城の麓にまで一気にたどり着いた。
***
一方その頃――
氏親は直江津の港の確保を最優先とし、兵700人を率いる武将に対して、港の防衛や補給線の確保まで、細かく指示を出していた。
命令がすべて行き渡ると、綱成と残る主力兵を率いて、自らも春日山城へと進軍を開始する。
***
小太郎は春日山城の攻略方法を考えている。
山城攻略の訓練は伊勢の霧山城で何度も行っているが、実戦は今回が初めてだ。
春日山城は山城である。頂上に本丸があり、そこに至るためには細い山道を通って行かなければならない。
伊勢の霧山城と同じく、山道の途中に防御の郭がある。山道を登りながら郭を各個撃破していけば、本丸に至るまでに時間が相当かかるだろう。
兵のほとんどが小田原城に出陣したとはいえ、守備兵はいないわけではない。
もちろんクロスボウに榴弾を装着して各個撃破しても本丸まで攻め登れるが、わざわざ敵が有利なやり方で攻撃してやる必要はない。
こちら側の損傷も大きくなるだろうし、異変に気付いた長尾一族が城外に逃げてしまう可能性もある。
そこで霧山城攻略と同じく、日が落ちるまで林の中に隠れ、日が暮れた後に、月明かりを頼りに、ピッケルとアイゼンを使って急斜面を登っていくことに決めた。
風魔特殊部隊は伊勢の霧山城を訓練場として何度も訓練をしているせいか、疲れも見せず急斜面を音も立てず登って行く。闇に紛れ、短時間のうちに、全員が本丸近くまで到達する。
小太郎が低く、しかし力強く部隊に訓示を放つ。
「氏親様による越後攻めの成否は、我らに懸かっている。春日山城、必ず落とすぞ。長尾一族を残らず始末する」
要所に布陣する剣の達人たち――長尾の名だたる武将たちを、風魔は拳銃と爆弾クロスボウで次々と倒していく。
パァン! パァン! パァン!
ズドーン! ズドーン! ズドーン!
銃声と爆音が、夜の静寂を切り裂いた。
守る武将をすべて始末し、一族が立てこもる館に走る。
館に到着後……中の状況を部隊に確認させる。
一族は逃げられぬと判断し……子供に至るまで潔く自決していた。
風魔特殊部隊は数名を本丸の守りに残し、本丸から春日山城の入り口まで、複数の郭を守る兵を拳銃と爆弾クロスボウで次々に倒して行く。
パァン! パァン! パァン!
ズドーン! ズドーン! ズドーン!
春日山城の入り口に到着した時には夜が明けていた。
城門の前には、朝日に照らされ、北条氏親と綱成が兵を率いて立っていた。
「風魔特殊部隊、ご苦労であった! 難攻不落の春日山攻略は誠に見事である。風魔の大手柄だ!」
風魔衆は北条家の武将から、こんな丁寧な労いを受けたことがなかった。感激で涙を流している者もいる。
「皆の者! 越後を取るぞ。綱成! 風魔がここまでやってくれたのだ。次は“地黄八幡”の腕の見せどころではないか!」
「殿! お任せ下さい。越後の領主や主だった家臣はすべて死んでおります。越後すべてを攻め取るのに、然程はかかりませぬ!」
「さすが地黄八幡、任せたぞ。その間に俺は内政を進める。まずは直江津の港を整備し、商人は正直屋に入れ替えるのも手だな」
「商品開発は玄武王に相談しながら進めよう。内政の腕利きも何人か送ってもらおうぞ!」
「殿! 頼もしきことです。軍の方は私にお任せ下さい」
「当たり前じゃ! 軍はその方がおらねば始まらぬぞ」
その後、越後をまとめるのに然程の時間はかからなかった。
***
一方、佐渡に向かった幸隆も佐渡の占領に成功する。
佐渡の小領主たちには退場いただき、金鉱をすべて手に入れた。
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北条家の領土は、駿河の東側、伊豆、相模、武蔵となった。
北条家は氏政が世継となり、氏親は北条家の分家を作り独立。家名を“豊穣家”とした。領有する国は越後と上野である。
三河や信濃、甲斐をこの勢いでさっさと片付けてしまいたいが、広げた領地を慰撫しなければならない。
面白くもないが、しばらくの間は政治と調略の時間になる。




