160話 信玄離脱と斎藤家の滅亡
天文15年(1546年 秋)――15歳
信玄は憤然と立ち上がり、大声で家臣に命じる。
「武田軍、全軍撤退! 直ちに準備せよ!」
その報を聞いた斎藤道三は、血相を変えて武田の本陣に怒鳴り込んできた。
顔は怒気で真っ赤に染まり、言葉は怒号となって飛ぶ。
「貴様、本気で言っているのか! ここで武田が引けば、斎藤は壊滅だ! この戦を仕掛けたのはお前だろうが、この期に及んで手を引くとは何事だ!」
信玄は無言。目を伏せ、何も答えない。
道三はさらに一歩踏み込む。
「ふざけるなよ、信玄。この野郎……甲斐に帰るだと? ならば今ここで斬ってやる!」
場が一気に凍りつく。
両軍の家臣たちが慌てて間に入り、必死に両者をなだめようとする。
だが、信玄の決意は揺るがなかった。
「……武田は、引く。帰らねば、帰る国を失う」
そう言い残し、信玄は道三の怒声を背に、甲斐への撤退を命じたのだった。
信長は “忍者特別速達便”により、“躑躅ヶ崎館制圧の知らせ”を受け取っていた。
総攻撃の準備を整え、連合軍に対し、いつ総攻撃を行うかのタイミングを見極めようとしていたのだ。
信長は、敵に生じた乱れを見逃しはしない。北畠軍は、斎藤・武田連合軍に対し、一斉に攻めかかる。
混乱の中、武田軍の大半はすでに撤退を終え、取り残された斎藤軍は、武田の撤退による陣形の乱れを立て直す間もなく、最悪のタイミングで攻撃を受けることになった。
「おい、武田の奴ら逃げたってよ! このままだと敵に囲まれるぞ!」
「武田の卑怯者め、話が違うじゃないか!」
「とにかく逃げよう……こんなとこで、死にたかねぇ……!」
斎藤軍の陣に混乱が広がる。
徴集された農民兵たちが次々に持ち場を捨てて逃げ出していく。
統率は崩壊し、戦場は大混乱となっていく。
結果、斎藤軍の兵力は一気に半数まで減少する。
信長は一気に畳み掛ける。
「今だ、追え! 一人も逃がすな!」
怒号と蹄の音が入り乱れる中、信長は斎藤軍を徹底的に追撃する。
斎藤兵たちは、ただ生き延びることだけを考え、四散していった――。
***
北畠軍は、斎藤軍が逃げ込む稲葉山城まで兵を進め、城の包囲を始める。
包囲を始めると同時に、斎藤軍の兵が城から次々と逃亡していく。
もはや稲葉山城に籠もっている兵は1,000人に満たないだろう。
信長は爆弾クロスボウ隊による城攻撃を開始する。
ズドーン! ズドーン! ズドーン!
ズドーン! ズドーン! ズドーン!
甲賀特殊部隊は斜面を登りながら、稲葉山の山頂の郭を目指している。
北畠軍本体は稲葉山城の麓から順に門を破壊していく。
2つ目の門を破壊したところで、稲葉山の山頂部からも爆発音が響いた。
ズドーン! ズドーン! ズドーン!
ズドーン! ズドーン! ズドーン!
半刻もしない内に、斎藤家から降伏の使者が来た。
道三の書状には『臣従の証に道三が娘を差し出し、斎藤家は北畠家に臣従する』と書いてあった。
使者は、地面についた手を震わせ動かない。
信長は玄武王から『道三は信用できない。始末せよ!』と厳命されていたのだ。
道三を含め一族の首すべてと引き換えに降伏を受け入れると使者に申し渡す。
使者が戻り半刻がすぎる。
一族の首すべてが届いた。攻城戦は終了となった。
「信玄のクソ野郎が、勝手に帰国しなければ負けることなどなかったのだ」
道三は、悔しそうに何度も叫んでから切腹したそうである。
勘助と同様、信長は城に籠もって降伏した美濃の小領主たちに、一族に宛てた降伏の文章を書かせた。
旧織田軍の武将たちは、その降伏の文章を持ち、美濃の掃討戦を始めた。
美濃においても“家臣には領地をもたせず、仕事と役職に見合った俸禄を払う”という北畠家の臣従条件に従わない小領主は、すべて殲滅する方針は同じだ。
道三の時代から“面従腹背”に慣れきった美濃の小領主たちは、どこか他人事のようにふるまい、最後まで旗色を鮮明にしようとしない者が多かった。
そうした煮え切らぬ者たちには、“忠義の証”として、大垣にある一向宗の聖地へと、先陣として次々突撃してもらった。
一向宗の聖地は、既にマムシや信秀の攻撃でかなり弱体化しており、その攻撃により、坊主や信者たちは加賀や石山に向けて逃げていったのである。
これにより、北畠家は南近江と伊賀、伊勢、尾張、美濃、遠江、駿河の8カ国を領有することになった。
***
北条家の方だが……。
連合軍を小田原城で打ち破り、そのまま武蔵に攻め込んだ。
連合軍に参加した領主や農民兵のほとんどが小田原城で死んでしまったことや、連合軍が小田原城を囲んでいる間に、里見家が兵のいなくなった武蔵の敵城を次々と占領してくれていたことで──
極めて短期間で、武蔵と上野を占領することができたのだ。
約定に従い、上野については氏親が治めることになった。




