156話 怒れる義元死す
天文15年(1546年秋)――15歳
ついに──義元の本陣が姿を現した。
義元は、大井川の対岸にこちらの“偽装陣”が見える地点まで馬を進めてくる。
その目は血走り、今にも「総攻撃」を命じようとしている。
陣形を整える時間すら惜しいというのか。いや、もはや理性は吹き飛んでいる。
それを必死に止める者がいた――雪斎である。
義元に斬られる覚悟で、全身全霊をもって制止に入る。
「義元様……せめて、せめて今日一日だけでも……兵を休ませましょう……!」
「黙れ! 和尚とて――妨げるなら斬るまでだ!」
雪斎はひるまない。
「全軍が揃うのを待ちましょう。せめて、全軍が揃うまでは……!」
しかし義元の怒りは止まらない。
「黙れ! 隠れていた一族が、首をはねられているのだぞ! 和尚、それでも良いのか!?」
その刹那──空気が裂けた。
ズドーンッ! ズドーンッ! ズドーンッ!
ズドーンッ! ズドーンッ! ズドーンッ!
クロスボウから放たれた榴弾が、義元の本陣へと撃ち込まれる。
俺が、特殊部隊600人に突撃命令を出したのだ。
火花と爆風が巻き起こり、今川軍の本陣が混乱に包まれる。
同時に、特殊部隊に遅れまいと──
ズサッ、ズサッ、ズサッ……!
槍隊4,000人が陣形を整えて迫る。
その左右にはライフル隊2,000人がそれぞれ展開。
後方には爆弾クロスボウ隊500人が追従する。
訓練通りの動きだ。
全軍が、遅れず、慌てず、迅速に、しかも正確に──“地獄”を始める準備を整えている。ここから一気に、今川軍2万人を地獄へ叩き落とす。
……始めるぞ。
一方、今川軍はもはや“軍”の体を成していなかった。
陣形どころか、兵の多くは疲労で倒れ込み、息も絶え絶え。地面にへたり込んだまま、立ち上がる気力すらない者が大半だ。
その隙を突くように──特殊部隊が榴弾を撃ち込み、本陣を徹底的に混乱させる。
そして、榴弾をすべて撃ち尽くすと、特殊部隊は速やかに離脱。
まるで嵐のように現れ、風のように消えていく。
乱れに乱れた今川本陣に向けて、俺の本隊9,000人が進撃していく。
中央には槍隊、両脇にライフル隊、さらにその後方に榴弾クロスボウ隊を配した鶴翼の布陣だ。
前線のライフル隊が左右から一斉に火蓋を切る。
弾幕が正面の敵を飲み込み、その直後に榴弾クロスボウの砲撃が追い打ちをかける。
槍隊は、目前に迫る敵兵をなぎ倒しながら進撃していく。
ダーン! ダーン! ダーン!
ズドーン! ズドーン! ズドーン!
もはや今川軍には、反撃の余力など残されていなかった。
特に農民兵たちは、恐怖と疲労で完全に戦意を喪失。
武器を捨て、目を潤ませながら逃げ出していく。
彼らにとって、戦などどうでもよかったのだ。
ただ、生きて村に帰りたい──それだけだ。
その後のことは、その後に考えればいい……よろけながら逃げ去っていく。
農民兵の潰走が始まる一方で、義元の本陣は崩れない。
怒り狂った義元の怒気が、直属の旗本たちを突き動かしている。
彼らは顔を紅潮させ、刀を構え、飛び交う銃弾や榴弾など意に介さず、ひたすら突進してくる。
ダーン! ダーン! ダーン!
ダーン! ダーン! ダーン!
勝敗など、もはやどうでもよかった。
ただ、敵の本陣にいる俺を──憎き俺を目がけて一直線に突き進む。
「殺してやる……絶対に殺してやる……!」
その姿はまさに捨て身。狂気と絶望が混じった、最後の突撃だった。
だが──そこに立ちふさがるのが、森可成率いる精鋭の槍隊5,000人。
正面から衝突する刹那、左右からはライフル隊の弾幕が容赦なく降り注ぐ。
ダーン! ダーン! ダーン!
ズドーン! ズドーン! ズドーン!
義元の怒気に呑まれていた敵兵も、さすがに次々に倒れていく。
榴弾攻撃はいったん停止され、照準が敵将たちに集中する。
義元の側近として知られる屈強な武将たちも、次々と討ち取られていく──
倒れるたびに、敵軍の“最後の炎”が、少しずつ消えていった。
義元を見つけた可成が、目を輝かせて叫ぶ。
「我が獲物を見つけたり――」
喜び勇んで郎党を従え、前線から躍り出る。
もはやライフル隊の弾幕も止み、戦場の空気は一変していた。
義元の周囲には、もはやわずかな旗本しか残っていない。それでもなお、彼は剣を構えて立っていた。
「我こそは北畠の森可成なり! 義元公、尋常に勝負せよ!」
蝦夷軍ではなく、北畠の名を冠したのは、今後の政治的な布石のためでもあった。
義元は、血走った目をぎらつかせながら剣を構える。
「この若造が……推参なり!」
ついに、今川義元と森可成の一騎打ちが始まった。
互いに一歩も譲らぬ打ち合い。達人同士の斬り結びは、あまりにも精緻で、周囲の兵たちが息を呑むほどだった。
斬撃の軌道、間合い、足さばき――どれもが美しく、無駄がない。
そして──四半刻に及ぶ死闘の末、可成の刃が義元を捉える。
「義元公! 討ち取ったり〜!」
その勝鬨が、戦場の全域に響き渡った。
戦は、終わったのだ。
俺は兵2,000人を率いて、直ちに駿府館へ向かう。駿府館に500人を護衛として残し、可成と伊賀特殊部隊は今川領の掃討戦へ移行した。
可成にはこう命じてある──
「“家臣に土地を預けず、役職に応じた俸禄のみを与える”という条件を拒む小領主は、すべて殲滅せよ」
中途半端な臣従は、いずれ禍根を残す。今のうちに芽を断つのだ。
掃討戦は可成に任せ、俺は駿府の再編に着手する。
***
その頃、松平家から信長のもとに使者が訪れていた。
「我ら松平家は、義元公に強制されて戦に参加したまでのこと。今となっては敵対の理由もない。互いに兵を引こうではないか」
松平家は、連合軍と対峙している信長が苦境にあると見て、強く出ても問題ないと判断していた。舐めた態度に出たのである。
信長も、松平など連合軍を撃破した後でどうとでもできると考えていたため、和議を受け入れたのだ。




