152話 誘い込まれる連合軍
天文15年(1546年秋)――15歳
北条軍が、小田原城に向けて──“わざと”負けながら撤退してきた。
勝たせてやりながら引く。
敵に「いける」と思わせ、油断を誘う。
それは、ただの撤退ではない。”命を懸けた誘導戦“だ。
槍で身体を支え、血と汗にまみれながら後退する兵たち。
その姿は、遠目にも痛々しいほどに疲弊していた。
息を切らせ、時に転び、それでも立ち上がって、敵を引きつけ続けている。
敵は、ただの連合軍ではない。
“軍神”と称される長尾景虎を中心とした、錚々たる5万の大軍。
この撤退戦を指揮している武将の胸中は、想像を絶するはずだ。
一手誤れば、全軍が飲み込まれる。
小田原城は、もうすぐそこだ。
どうか、あと少し……あと少し、持ちこたえてくれ──!
特に、これまで目立った武功を立てられなかった、上野や武蔵の中小大名たちは色めき立つ――
「今こそ手柄を立てる絶好の機会!」
「この流れに乗らねば損だ!」
「ぜび攻め手に加えてくだされ!」
――憲政に競うように懇願し始める。
憲政は「景虎と相談し、どこかに入れてもらえ」と適当に返答する。
当然、攻め手の勢いは増し、連合軍の規模も士気もさらに膨れ上がっていく。
──これこそが、我らの狙い通りの展開だ。
敵の奢りを誘い、油断を深く植えつけるのが目的だからだ。
しかしそれと引き換えに、北条軍の消耗は限界に達しつつある。
盾となって矢を受け、囮となって走り続ける。
傷を負ったまま足を引きずる兵も少なくない。
もはや仲間の肩を借りねば歩けない者も多い。倒れ込む者も出始めている。
それでも彼らは、小田原城に向かって必死に歩を進める。
(あと少し。あとほんのわずか! 奴らを死地に引きずり込んでやる)
小田原城の城壁から、彼らの姿を見守る武将たちの目には、熱いものがにじんでいた。握りしめた手のひらから血が滲む。
「頑張れ……もうすぐだ……」
心の中で叫ぶその想いが、痛む足を引きずる北条軍の背を力強く押していた。
(連合軍のやつら……いい気になりやがって。絶対、ここから生かしては帰さん)
城内の全員の思いが、怒りと誓いに染まり、ひとつにまとまっていく。
──そしてついに、限界寸前の北条兵たちが、小田原城へと帰還してきた。
よろよろとたどり着いた兵たちが、崩れるようにして城門の外側へ倒れ込む。
「開けろ! 早く開けるんだ! 早く中に入れてやれ!」
門兵の叫びとともに、城門が半開となる。
囮になって傷だらけになった兵たちが城中へ倒れ込む。
耐えてきた全身の痛みと疲労が一気に噴き出す。
すぐさま城内の兵たちが駆け寄る。
重傷者は戸板に乗せて運ばれ、動けぬ者には肩が貸される。
「しっかりしろ! もう安全だ!」
「今すぐ救護所へ! 急げ!」
誰もが、命懸けの撤退戦を成し遂げた兵たちを労い、誇りに思っていた。
「よくやったぞ! よく頑張ったな……!」
氏康さんが、声を振り絞って、ひとりひとりに声をかけて回る。
「殿……おれたち、ちゃんと……奴らを逃さず……連れてきましたぞ……」
倒れ込みながら、泣き笑いでそう告げる兵の顔には、血と汗と、そして何よりも安堵が滲んでいた。
──任務は果たされた。北条軍の退却は完了した。
今、敵は目前に迫ってきた。
いよいよ逆襲の時が迫っているのだ。
北条軍が命からがら小田原城へ逃げ込む――
そのみじめな姿を目にした連合軍の大名たちは、ますます油断しきっていた。
そして、誰もがこう思ったのだ。
『なんだ、北条とはこの程度か。拍子抜けだな』
『これで難攻不落? 笑わせるな。ひと押しすれば陥ちるぞ、小田原城なんて!』
『城内の宝は早い者勝ちだ。先に突っ込んだ者が得をするぞ!』
そんな思惑が渦を巻き、欲の臭いが戦場を支配する。
連合軍の兵たちは、少しでも良い場所を確保しようと、我先にと小田原城を取り囲みはじめた――
連合軍の大名たちは、もはや戦ではなく、その後の恩賞のことばかりを考えていた。
本丸には莫大な宝が眠っている――
そう信じて疑わぬ将も兵も、目をギラつかせていた。
まるで勝利が約束されたかのように、誰もが浮き足立っている。
合図ひとつあれば、我先にと城壁に殺到するだろう。
すでに全軍の意識は、小田原城一点に集中していた。
……そんな中、ただ一人、長尾景虎だけが異変を感じ取っていた。
『妙だ……こんな時こそ、何かある』
心の奥底に、ひやりとした違和感が走る――
それは、経験でも理屈でもない。
まさに“軍神”と呼ばれる男だけが持つ、第六感だった。
だが、上杉憲政に何度も進言するものの、景虎自身もなぜ危険なのかを具体的に説明できず、憲政にはまったく受け入れられなかった。
ついには、「そんなに怖いなら、長尾家だけが尻尾を巻いて越後に帰ればよいではないか」とまでバカにされる始末。連合軍内でも「戦の天才が呆れるわ。ただの臆病者じゃないか」と景虎を侮る声が出始めていた。
今まで景虎のカリスマ性でまとまっていた連合軍が、ここにきてバラバラになり始めている。
長尾軍の中でさえ……
「景虎殿はどうしたのだ? 小田原まで来て臆病になるとは」と侮る声が増えていく。景虎の持つカリスマが、長尾軍内部でさえ低下していく。
(いろいろ情報を引っ掻き回しているのは、“忍者撹乱隊”だけどね)
その鎖の先を握っているのは、真田幸隆という策士だ。
──もし、長尾軍が単独行動できる立場にあれば、景虎はとっくにこの戦場からの離脱を決断していたはずだ。
自らの直感を信じ、全軍を再編成し直して、反撃の好機を伺ったことだろう。
しかし、今の景虎には、それができない。
連合軍の一角という立場、無能な盟主・憲政、欲と功名心しかない凡人(諸大名)たち――無能なリーダーと凡人部下が、天才・景虎の才能と自由を縛りつける。
もはや彼に残された選択肢はただ1つ。
小田原城の攻略に、全力を注ぐことだけだった。
──それこそが、策士・幸隆の狙いなのだ。
(よっしゃ、ここが勝負どころだ!)
状況を見極めた幸隆が、ついに九鬼定隆に攻撃命令を下す。
定隆は、まだ夜が明けきらぬうちに、沖合に停泊させていた日本丸を、海岸線近くまで移動させる。
(これで準備は整った)
幸隆は光によるモールス信号を日本丸に送った。
『夜明けとともに殲滅を開始せよ!』
さあ──攻撃を始めよう。派手にいこう。
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※戦闘シーンなどのイメージ画像を、YouTubeで作成してみました。
物語の戦闘シーンを、映像と画像で楽しみください。
戦国NINJAストーリーズ 公式チャンネル
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